日々の泡。

popholic diary

2002年11月下旬の話。

2002/11/16~30

土曜日、今日も相変わらず仕事。家と会社の往復ばかりじゃ、自分が消えてなくなってしまいそうで怖い。とりあえず意味無く本屋に寄り道。数冊雑誌を立ち読みし文庫からコミックから背表紙を眺める。俺をここじゃないどこかに連れてってくれよってとこだ。とりあえず菅付雅信氏が編集長を務める新雑誌「invitation」購入。日本映画特集ということでまずはその贅沢な表紙に興味を惹きつけられる。内容は上々。後はもちょっとユーモアが欲しいとこだな。

日曜。ここんとこ(というかこの2年ほど)めちゃめちゃに働いているので身体が疲れきってる。休前日の夜は夜更かししてこの日記書いたりしてるんだが、ここんとこ夜更かしすらできないし、朝は朝で起きられない。もうこのままずっと寝ていたい、そんな気分になる。だめだなぁとも思いつつ身体がついてこず。ほんとにダメだ。

今月2回目の連休。今月2回目の休日出勤。せめて週休一日は確保したいよ、全く。世間は連休だというのに2週間毎日12時間以上休みなく働き続けると気が狂いそうになる。「この不況に忙しいなんていいじゃない」なんていう人もいるが、忙しいだけで給料は全く上がってないんだよ。残業費一円もついてないよ。なんてこんなことばっかり書いてる日記なんておもしろくないよね。

じゃ、嬉しかった話を。前回の日記に引き続き「手塚治虫ミニヴィネットアンソロジー」がやっぱり素晴らしくて買い集める。全五種類、4種類目までかぶることなく順調に揃う。最後に残ったのは写真を見たときから絶対に欲しかった「W3」。疲れきって会社帰りコンビニに立ち寄り願いをかけ、一つ選んで購入。これで「W3」が出れば、ダブり無しで全コレクション制覇。家に帰って急いでカプセルを開ける。で出てきたのがなんと「W3」。思わず「やった!」と声をあげてしまう。こんな31歳の夜。

本屋で江口寿史「キャラ者2」購入。装丁はグルービジョン。伝説化しつつある江口寿史だが、これぐらい軽い感じで作品を描いてってくれればそれでいい。ポップでキュートでナンセンス。その軽さが江口漫画の肝なんだから。

ここんとこ日曜8時は「劇的ビフォーアフター」を娘といっしょに見る。これはおもろいなぁ。えっ、こんな家があんなになっちゃうの!?なんて。でもそんな自分をみるにつけ自分がおばはん化してるような気がする。おばはんってリフォーム好きだもんなぁ。うちのおかんもそうで、なんか実家帰るたび、どっかいじられてたりするもんなぁ。

ここんとこ、忙しくてなかなかCDも買いに行けないが、そんなことではいけない。
むりやりタワーに行って、野宮真貴「Lady miss warp」、鈴木慶一の新ユニットThree Blind Moses「Decent incense」購入。

野宮真貴「Lady miss warp」を聴いて、僕がピチカートファイヴにあんなにも惹かれたのは小西氏の作る曲と同じぐらい野宮真貴の歌声が好きだったからなんだなと実感。野宮真貴の歌声を最初にきいたのは野宮がかって在籍していたポータブルロックの最初のアルバム「QT」だった。のびやかで透明感があって、なんの特徴もないのに誰にも似ていない歌声。「TuTu」なんて曲は何回聴いたかわからないぐらいよく聴いた。長い不遇時代を越え、ピチカートに加入してからのブレイクぶりはほんと嬉しかった。そうそう、ピチカート加入直後のお披露目ライブ、大阪のクアトロで至近距離で観た野宮真貴嬢はクラクラするぐらいキレイで魅力的だった。でピチ解散後、初のアルバムは高野寛はじめ多くの音楽家が作品を提供してるが、彼女のその歌声が響いた瞬間、それは彼女の作品になる。槙原敬之作品「さよなら小さな街」がとにかく名曲。何回もカーステレオでリピート。

鈴木慶一率いるThree Blind Moses「Decent incense」は1000枚限定でナンバー入り。僕のはNo594。大人の男の情けなさとかっこよさが混ざり合う快作。なにはともあれ「汝、婦女子を救うことなかれ 主よ、婦女子を呪い給え」が圧巻。「父親になるにはちょっと/スペルマに何か足りない」なんて歌詞を書けるのは鈴木慶一だけだ。俺はついてくぜ。

又従兄弟の結婚式に出席の為、京都の宝ヶ池プリンスホテルへ。兄貴が出席の予定だったが、急遽台湾出張とかで代理出席することに。かくいう僕もぎりぎりまで仕事して駆けつける。席がいっしょになった、今は中学教師で、偶然にも僕の甥っ子の担任でもある従兄弟と懐かし話。僕、兄貴、従兄弟の3兄弟、今日の主役の又従兄弟は皆、年が近い上に男ばっかりだったから子供の頃、しょっちゅう行き来して遊んでた。お正月には京都の百万遍にあった祖父の家に集まり、もらったお年玉を握り締め、駄菓子屋に直行。麩菓子やらたこせん、ホームランチョコなんていう駄菓子を頬張り、銀玉鉄砲の打ち合いしたり、皆でガチャガチャやったり、ロボダッチ買ったり、発砲スチロールで出来た飛行機を飛ばしっこしたりして遊んだ。それはもう、ほんと楽しい毎年の行事で、今でもお正月になると思い出す。そんな懐かしい想い出はいとこにしても同じで「あんなことがあったなぁ」なんてひとしきり話する。長屋だった祖父の家は狭かったが僕にとってはとても心地好い場所だった。祖父はヘビースモーカーだったから、一晩泊まると服にはいつもたばこの匂いが染み付いた。そのタバコの匂い、祖母が作ってくれた夜食の「しそおにぎり」の味や、部屋にあった大きな藤製の椅子、小さな庭でやった行水、近くの市場に売ってた大好きな塩こぶ、四条河原町からバスに乗って百万遍まで行く窓からの景色。これが僕の原風景、懐かしい京都の全てだと今、思う。

で今日、結婚した又従兄弟は祖父の家のすぐ近くに住んでて僕より3歳年上だが、僕と同じで漫画が好きだったからよく遊んでもらった。藤子不二雄の「まんが道」とか「魔太郎が来る」とかはこの又従兄弟の家で全部読んだ。百万遍辺りは京大が近くのせいもあって古本屋がいっぱいあって、いっしょにいったのを憶えてる。しかし3歳上の又従兄弟、結婚相手はまだ20代とのこと。・・・うらやましい・・・。