日々の泡。

popholic diary

2025年1月18日~24日の話。

2025/1/18

土曜。休日。ゆっくり朝ご飯を食べて、いつものごとく映画館へ。MOVIX京都まで出てパク・ジンピョ監督「勇敢な市民」を観る。非正規採用で高校に赴任してきた女性教員、ソ・シミン。正規雇用を勝ち取るため、何事も見ざる聞かざるで受け流すことに徹する。だがその高校は権力者の息子スガンが生徒はもちろん教師たちすら支配していた。スガンの激しいいじめを目の当たりにし自分を抑えきれなくなったシミンは猫の仮面をかぶりスガンに立ち向かう。実はシミンは元ボクシングチャンピオンなのだった。Webコミック原作ということもありマンガチックではあるのだが権力と暴力で弱者を踏みにじり支配する悪人を、小市民=ソ・シミンが傷つきながらもぶちのめす展開は嫌でも盛り上がる。弱きを助け強きをくじく。映画ぐらいは正しくあって欲しい。シミンを演じるシン・ヘソンのチャーミングな演技とシャープなアクションがとても良い。足を高々と上げて繰り出すハイキックの華麗さたるや。

2本目どうしようかと一旦アップリンクまで行くがお目当ての映画は完売。先にネットで買っとくべきだった。で第二候補で京都シネマまで。その間に日乃屋カレーでカツカレー。安心感のあるカレー。

でエレネ・ナヴェリアニ監督「ブラックバードブラックベリー、私は私。」を観る。48歳の女性エテロ。両親と兄を亡くし日用品店を営みながら一人で生きている。独身であることから村の女たちからは何かと噂されるエテロだが、強権的だった父と兄の影響で結婚したいとは思ったことはない。そんなある日、崖から足を滑らせ死を意識したことから、突発的に配達員のムルマンと肉体関係を結ぶ。48歳にして初体験を済ませたエテロ。そして人生が動き出す。生と死と性を巡るエテロの物語。誰にも媚びることなく正々堂々と自分を生きる彼女は一人だけど孤独じゃない。彼女は自由で自立しているのだ。中高年女性を主人公とした映画。私たちは居るし、今までもずっと居た。そんな挑発を感じる映画だった。

夜はライブ配信を観る。昨晩行われた「コーヒーハウス・モナレコーズ」出演は小西康陽、髙浪慶太郎!もうこの二人の名前が並ぶだけで涙ちょちょぎれる。この二人の名前を知ったのは中学生の頃だ。ピチカートVのデビュー12インチ「オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス」。大好きになったその曲のクレジット、作詞・小西康陽、作曲・高浪慶太郎。このコンビが残した数々の名曲にどれだけ痺れたか。ピチカートは様々にスタイルを変えてきたし、高浪さんは途中で脱退することになるんだけどやっぱりこの二人が僕にとっては大好きなピチカートファイブだ。しかしこの二人が共演することはもうないのだろうなとなんとなく思っていた。小西さんの本で名前こそ直接的には書いてないが明らかに高浪さんのソロ作をけちょんけちょんにくさしてるのを読んだ時はちょっとショックだった。でもそれが実に小西さんらしく、まさに二人は「音楽」で繋がっていたのだなと思ったもんだ。そして自ら歌い出した小西さんと高浪さんの再びの邂逅。2人がステージに並んで座り、一曲ずつ交互に弾き語りしていく。ピチカート時代にはありえなかったステージだ。都会的で洒落た高浪さん曲。初期ピチカートはこの高浪さんのソングライティング力が牽引していたと思う。心地よく耳に響くソフトなヴォーカルもやっぱり良い。そしてもはや名人芸となってきた小西さんの弾き語り。歌と喋りが繋がって楽しい。お互いの曲を歌い合う二人。若き日から音楽で繋がり互いに敬意を持つ二人のマジカルコネクションに感動。彼らの音楽を聴いて一発でグッと来た中学生の俺、ナイスジョブ!40年後も彼らの音楽にグッと来てるぜ。

二人の弾き語りを聴きながら、自分も弾き語りしてみたいと思う。大人のたしなみとして弾き語りぐらいできないと、それもオリジナルで。なんて。

2025/1/19

朝、新婚旅行から帰ってきた娘夫婦の迎えに駅まで。でその後はいつものように妻と買い物。昼は昨晩の残り物でさっさと済まし、ゆっくりウトウトしながらテレビ。NETFLIXでドラマ「阿修羅のごとく」を観始める。宮沢りえ尾野真千子蒼井優広瀬すずが4姉妹を演じる。いやもう素晴らしい。向田脚本を是枝監督の下で演じる演技巧者たちの名演ぶりに見入る。かき餅をポリポリ齧りながら、とりとめもなく姉妹の会話が続く、なんてシーンに惹きこまれる。なんというか脚本、演出、演技が見事なアンサンブルで演じてて手応えあるだろうなという感じ。今の時代にはそぐわない表現も当然出てくるが、もはや向田脚本は古典。シェイクスピアを演じるがごとく、この先も実力者集めて何度も何度もドラマ化すればいい。皆素晴らしいが、宮沢りえは本当に良い女優さんになったなと感動する。国民的アイドルだった時代を知っているから、今の姿に感慨もひとしお。

2025/1/20

細田昌志著「格闘技が紅白に勝った日 2003年大晦日興行戦争の記録」読了。2003年大晦日NHKの国民的番組「紅白」の裏で、日本テレビ、フジテレビ、TBSの3局が格闘技をぶつける。数年前から起こった格闘技人気、その流れの中三つ巴、いや紅白も含め四つ巴の戦争が始まる!本書はその裏側を追っていくのだけれど、いや、これは面白かった。格闘技は門外漢だし、特にこの頃は子育てに追われつつ転職したばっかりで記憶もぼんやりなんだけど、曙VSボブ・サップは確かにリアルタイムで観ていた。その裏にこれだけスリリングな駆け引きが行われていたとは。日本テレビ「INOKI BOM-BA-YE」、フジテレビ「PRIDE 男祭り」、TBS「K-1 Dynamaite!」それぞれの興行会社、TV局が離合を繰り返しながら複雑に絡み合い、騙し騙され出し抜き出し抜かれのまさに狂騒曲を繰り広げる。当事者たちの声を基にその絡まった糸をほどきながら2003年の熱狂を浮かび上がらせていく。紆余曲折の上で曙を引っ張り出すミッションインポッシブル感や狡猾なTV局、杜撰な計画を綱渡りで渡っていく興行のスリリングさ、そして特にそれぞれの思惑とドタバタが大晦日に一気に流れ込んでいく様は圧巻。ゴングが無い騒動やある大物ミュージシャンのどさくさ紛れの大ペテン、影のMVPとなる美川憲一の一言など極上かつ壮大な喜劇を見ているよう。TV史上初めて紅白が裏番組に視聴率で抜かれた4分間、最高視聴率43%をはじき出す曙がサップに倒された瞬間の昂揚感。そしてその後の夢の跡。生々しい未払金の羅列には背筋が凍る。喜劇のような悲劇、あるいは悲劇のような喜劇。夢とロマンと欲望が詰まった仁義なき戦い。というか仁義にがんじがらめになりながらその隙間に出来た綻びから取り返しのつかないことになっていくという大晦日狂騒曲。最高に面白い一冊!

2025/1/21

TVerでドラマ「御上先生」観る。学園物があまり好きじゃないのでどうしようかなと思いつつ、信頼と実績の松坂桃李主演ということで。パーソナルイズポリティカルというテーマに踏み込んでいくのか。面白くなりそう。

2025/1/22

アメリカはもう完全に悪の組織に乗っ取られたのだなという感じ。邪悪な詐欺師が絶大なる権力を持ち、金の亡者たちがひれ伏す。正義はどこへ。終わりの始まりというか、もう終わり。

で日本はどうかというとまぁその先を行っていたわけだけど。テレビやSNSの喧噪。被害者面する加害者にげんなり。

2025/1/23

久々の東京出張。とはいえ日帰りで会議こなしてとんぼ返り。何回来ても東京駅はややこしく、溢れかえる人波に疲れ切る。昼は大手町の地下街でそば。夜は新幹線でまい泉のロースかつ弁当。なんかもうちょっといい選択はできなかったのかと思うが、今の自分ではこれが限界だ。体力の限界!

2025/1/24

朝ドラ「おむすび」なんというかもはや見ていられない状況に。見ていて恥ずかしくなる演技ってが辛い。下手という訳ではないのだけど、そうせざるを得ないという感じで役者がかわいそうにすら思えてくる。逆「阿修羅のごとく」。再放送中の名作「カーネーション」「カムカムエブリバディ」(深津絵里編に突入。深津絵里の可憐なこと!)と比べるとかなり厳しいものがあるな。誰も悪くないのに何もかもがうまくかみ合ってない感じ。

仕事2時間ばかりの休みを取って大阪へ。ビルボードライブ大阪にて小西康陽ライブを。矢舟テツロートリオにギター、チェロを加えた5人編成のバンドとともにアルバム「失恋と得恋」からの曲を中心に、白い髪に髭、コートを着た小西さんが歌う。最高のアレンジと最高のバンド演奏。だが何よりエモーショナルな小西さんの歌に心掴まれた。トークをたっぷり挟みながら自作曲を歌っていく。ピチカート時代の曲や提供曲も「自分で歌うために作っていたのだ」と歌う初老のソングライターの歌声。昔から聴きなれた楽曲も改めてその良さがひしひしと伝わってくる。ラスト歌い踊る小西さん。涙がこみ上げてくるほど楽しかった。笑いながら泣き、泣きながら笑う、ハッピーでサッドな歌。そうずっと好きだった歌だ。

2025年1月11日~17日の話。

2025/1/11

BS朝ドラ「カーネーション」観るために7時15分起床。今週はひたすらほっしゃんが良かった。役者・星田英利が確立した作品。そして綾野剛尾野真千子による朝ドラ史上最もロマンティックなシーン。名作ですな。

昼はレトルトのカレー。めちゃくちゃ久々に食べたが最近のは湯せんじゃなくてレンジでできるのだな。中袋も改良されていてきれいにカレーが出てくる。

午後は妻と観劇。歩いてびわ湖ホールまで。二兎社公演、永井愛作・演出「こんばんは、父さん」を観る。借金で10年前に失踪した父。エリートだったが投資に失敗し落ちぶれた息子。そして借金取りの男。かって父息子が暮らし、今はもう廃墟となった町工場で三人の男が鉢合わせし…。社会から切り捨てられた男たちの会話劇。2012年作の再演ながらむしろ今の物語。格差が広がり貧困から抜け出すことが難しい時代を映す。父と息子と借金取りによる悲哀とユーモアが交差する会話。その中で離れていた父と息子の心、そして借金取りの心までもが通じ合う。失われたものと失われなかったもの。父を演じるのは風間杜夫。僕らの世代からすると風間杜夫は演劇界の大スター。前から二列目という良席で風間杜夫の演技が観られるとは。感激の観劇だった。

それにしても歩いて演劇観にいけるのは楽でいいね。観終わって妻と少し歩いて買い物など。

夜はアマプラで映画を一本チェ・ジェフン監督「THE KILLER 暗殺者」を観る。引退した暗殺者ウィガン。友人と旅行に行く妻から友人の娘ユンジを旅行の間面倒見るように頼まれるが、ある事件に巻き込まれ…ってな話はもはやどうでもよくてただただチャン・ヒョクのスタントマン無しのスタイリッシュなアクションをひたすら見せる映画。ほぼ8割殴り合いの殺し合い。エンドロールではメイキング&NGシーン!っつーかこれやりたいだけやろ。というある意味潔い一作。

2025/1/12

トーストとオムレツの朝食。遅ればせながら録画していた野木亜紀子脚本の正月ドラマ「スロウトレイン」観る。松たか子松坂桃李多部未華子演じる姉弟の物語。どこか懐かしさを感じさせつつ、現代にさりげなくアップデートされたホームドラマ。3人におこる大きな事件ではなく寂しさを巡る小さな物語。寂しさと豊かさを考える実家ドラマでしみじみと感じ入った。それから妻と買い物。ユニクロで靴下。もはや近所に靴下を買える店がない。その後スーパーを二軒回るがどこも野菜が高い。肉の方が安いぐらいだ。

昼はチキンラーメン。インスタントラーメンも今や高級食だ。

夕方から大阪へ。大阪駅からのんびり歩いて雲州堂へ。案外歩いても近いもんだな。で今晩は久しぶりにライブ。「かととば  ふちふな 〜大阪四人六脚〜」と題して加藤千晶+鳥羽修、ふちがみとふなとの2マンライブ。最近は夜に出歩くのがしんどくて大阪までライブに行くのはよっぽどでないとないのだが、これはそのよっぽどなライブ。この2組のライブを観るのは2007年3月23日、京都の拾得ライブ以来。

↓その時のライブレポート

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会場には最近はライブ通いしてないのでご無沙汰になっている見知った顔も多い。旧知のおおいしけいすけ君選曲のBGMを聴きながら温かいゆず茶を飲んでほっこりしている中、ライブはスタート。まずは加藤千晶+鳥羽修。新しい曲から懐かしい曲まで、加藤さんのコロコロと転がるような歌声とピアノ、そして歌を的確にサポートしながらご機嫌に盛り上げる鳥羽さんのギター。加藤千晶さんの音楽を初めて聞いたのは1997年メトロトロンレコードからリリースされた1stアルバム「ドロップ横丁」。そのアルバムの中でも一番のお気に入り「あじさいの人」が聴けて嬉しい。それにしても楽しいステージ。表情豊かで明るい歌声、ピアノとギターの楽しい掛け合い、音楽が弾けて客席に降り注ぐ。幸せな音楽の時間だ。休憩を挟んでふちがみとふなとの登場。ベースと歌、これ以上にないシンプルな編成だがその音楽はとてつもなく豊かで大きい。ポップスの枠からもはみ出しながら自由に快活にそして時々胸をギュッと締め付ける。音楽に客席が呑み込まれる。そして最後は2×2のセッション。カミナリ繋がりのそれぞれの曲をマッシュアップ!などアイデアと楽しいが詰まった至福の時間。東京と京都、離れた場所で活動する二組だけどまるで親戚のような二組。どちらも商店街がよく似合う下町の音楽だ。曲を聴いていると風景が浮かんでくる。商店街、食堂、お好み焼き屋やバス停、庭先にやってきた野良猫。揚げたての肉屋のコロッケみたいに、ホクホクと誰もが笑顔になる。世界はどんどんと進み目まぐるしく変わっていくが、変わらないものがある。心が帰ってくる場所というのかな。上手くは言えないけれどそこに流れている音楽はたぶん今日ここで聴いた音楽のようだと思う。

ホクホクとした気分で帰宅。風呂に入ってNHK+で大河ドラマ「べらぼう」観る。安田顕の平賀源内がすこぶる良い。軽妙でうさんくさくてでも天才で深く物事を見る目がある。あと小芝風花も素晴らしかったな。ちょっと働き過ぎな気もするが良い俳優さんなんだね。昔、朝ドラ「あさが来た」の頃、共演した友近が彼女のことを絶賛してて「いつか『吉原炎上』みたいな作品に出て欲しい!絶対似合う」と言っていたのを思い出す。その時はピンとこなかったんだけど、品と色気があってなるほどと思う。

2025/1/13

トーストと目玉焼きの朝食。平日はトーストにジャムかマーガリンだけなんだけど、休日はちょっと豪華にしたい。ホットサンド作ったり、フレンチトーストにしてみたり、だけどどうもバリエーションが少ない。食パンと卵メインで出来るなんか新しいレシピないかな。

TVerで昨晩のドラマ、バカリズム脚本「ホットスポット」観る。面白いなぁ。これはこの先も楽しみだ。

妻は娘とお笑いライブへ。マユリカ滝音のライブだって。昼は一人冷凍チャーハン。自分で作るよりはるかに美味いもんなぁ。

で散歩がてらユナイテッドシネマまで。デヴィット・エアー監督、ジェイソン・ステイサム主演「ビーキーパー」観る。アメリカの片田舎で暮らす養蜂家のアダム・クレイ。お世話になっている老婦人がある日、悪質なフィッシング詐欺に引っ掛かり自殺してしまう。自分に唯一優しくしてくれた老婦人を死に追いやった奴ら、ゆるせねぇと立ち上がったアダム・クレイ。彼は「ビーキーパー」と呼ばれる秘密組織の元工作員だったのだ。さくさくさくっと前振りして、最初の復讐がいきなりビル爆破!そこからはもう殺して殺して殺しまくるという、これ、めちゃくちゃおもしろいヤツ!極悪人どもをガンガンやっつけていく気分爽快な殺人ムービー。映画ぐらい勧善懲悪であって欲しいもんね。日本でもこういう映画作ってほしい。税金ちょろまかす政治家とか、デマやヘイトをまき散らす地方議員とかスラップ裁判を仕掛ける決して謝らない弁護士とか俺の子供産めやぁと凄むマッチョな芸人とか示談が成立したことにより今後の芸能活動についても支障なく続けられることになったタレントとか女子アナをタレントに上納するテレビ局の幹部とかをガンガンにやっつける映画観たいなー。

2025/1/14

3連休も終わってシリアスな仕事モード。また胃が痛い日々が始まる。

2025/1/15

昼休みの読書は細田昌志著「格闘技が紅白に勝った日 2003年大晦日興行戦争の記録」。格闘技は詳しくないのだがそれでもこれは面白過ぎる!また読み終わったら感想書きます。

2025/1/16

夜は「イカゲーム2」。ここ数日夕ご飯食べながら1話ずつ見ていたのだが今夜は最終話まで。1はゲームのハラハラがドラマの面白さを加速させていたが、2は諸々のひねりを入れて分断と階級闘争の物語に。練り込んで作ってんなー。だがこれから!というところで終わり。来るべき3につなげるブリッジなのね。イ・ビョンホンが実質主役のシーズンで随分と物語をかき乱し面白くしてくれたがまだまだイム・シワン、カン・ハヌル、イ・ジヌクと主演級の俳優陣が控えてる。なんだかんだで待ち遠しいやね。

2025/1/17
今日は朝からハードにお仕事。仕事帰りに映画を一本。ユナイテッドシネマでホ・ジノ監督「満ち足りた家族」を観る。利益を最優先に殺人犯の弁護さえ厭わない弁護士の兄ジェワン。二人目の若い妻と高級マンションにで誰もがうらやむ暮らしをしている。小児科医の弟ジェギュは常に良心的で老いた母を引き取り年上の妻とともに慎ましやかに暮らしている。ジェワンの高校生の娘とジェギュの中学生の息子がある事件を起こし…。兄と弟、対立する信念が揺らぎ崩れ落ちていく。親の心と子供の心の埋まらない溝をシビアに炙り出し、倫理とは何か、正義とは何かをこれでもかと突き詰めていく。そして訪れる衝撃のラスト。切れ味凄っ!後味悪っ!口の中に苦味しか残らない最上級の後味の悪さ。くーっだがこれぞ映画だなー。ソル・ギョングチャン・ドンゴンの息を飲むほどの極上の演技。静かに凄まじい映画。グッときたね。

2025年1月4日~10日の話。

2025/1/4

三が日も終わって正月休みも残すところ2日。普通の土曜日だと思って過ごそう。朝のうちに少し日記を書いて京都まで。三条のなか卯でまずは親子丼初め。店内は外国人と高齢者ばかり。一人侘しくうどんをすする老人を見ると何となく切なくなるなぁ。という俺もクーポン使って400円の親子丼を一人食べてる初老の男。日本が貧しい国になったのを実感する。

でMOVIX京都で堤幸彦監督「私にふさわしいホテル」を観る。大御所作家・東十条に作品を酷評されたことから、不遇な状況にある新人作家・加代子。しがらみだらけの文学界を舞台に加代子の下剋上が始まる!ってな痛快コメディ。堤監督作品はイマイチ相性悪いので避けているのだが、今回はのん主演ということで。映画はまさにのん劇場。くるくる変わる表情とファッション、演技をする演技という二重構造の要素もありのんのコメディ演技が炸裂。対する東十条を演じるのは滝藤賢一。重厚さはないが、そこは芸達者なカメレオン俳優。二人のやり取りが楽しく映画を引っ張っていく。べたつかずカラッとスカッとした悪童コメディ。スクリーンで暴れるのんは一見の価値あり。

今日は映画1本に留めて賑やかな京都を少し歩き京阪電車に乗って帰宅。

2025/1/5

日曜。ゆっくり過ごした正月休みも最終日。目覚めた瞬間ちょっと憂鬱。小学生の頃からかれこれ40年以上、月曜日が辛い。いつになったら月曜を好きになれるのだろうか。

妻と買い物。野菜も果物も高くて手が出ない。買い物かごには割引品ばかりだ。あと何年生きるかわからないが、この先さらに厳しくなるのだろう。真面目に働き、税金も納めてきたのにこの仕打ち。

蕎麦の昼食。テレビ見ながらウトウト。NETFLIXで「イカゲーム2」を2話観る。感想はまだわかんないね。

BSで大河「べらぼう」観る。脚本は「大奥」の森下佳子なので期待値も高い。1話からなかなかにハードな展開。さてどうなっていくのか。楽しみ。

夜はアマプラで映画を一本。前田弘二監督「まともじゃないのは君も一緒」。清原果耶ブームということで。ちょっとズレてる塾講師の大野と女子高生の香住。普通がわからない大野に恋愛指南する香住だが…。というオフビートなラブコメ。清原果耶力を発揮しながらいつもよりちょっとはみ出した清原果耶であった。それもまた良し。

2025/1/6

仕事始め。挨拶回りなど諸々であっという間に一日が終わる。

正月休みに読み終わった本を書きそびれていた。ハン・ガン著、斎藤真理子訳「すべての、白いものたちの」読了。小説、エッセイ、詩…が混ざり合った散文詩であり「文学」としか言いようのない作品。2時間しか生きなかった姉。様々な「白いもの」を通じて生と死を巡る「私」。地に足がついていて、生活にしっかり根を張った言葉が静かに気高く丁寧に綴られている。筋道のある物語でもないのだが、読んでいるとその世界にポンと放り込まれたような感覚に陥る。これぞ詩の力なのだなと思う。難解な言葉や高尚な思想ではなく、生活の中で生まれ、心の中で育まれたシンプルな言葉が並び、行間を持った時にもう一つの世界が拡がっていく。そしてその世界に芽生えた感情や感覚が琴線に触れる。韓国の映画やドラマを観ていると「詩」が良く出てくる。詩、詩人という存在が根付いていて、人々を癒し、救っている。本作を読んで「詩」の持つ力や意味がやっと感覚としてつかめたような気がした。

2025/1/7

本日も一日外回り。昼は後輩とラーメン。塩とんこつ。美味いが重い。

2025/1/8

今日も忙しく一日が過ぎていく。遅いランチをサイゼリヤで。パッとサイゼリヤとはよく言ったものでコスパ最高。違うか。

2025/1/9

めちゃくちゃ寒いな。大阪で一仕事。本日の遅めのランチは上海焼きそば。

radiko岡村詩野さんの番組「IMAGINARY LINE」小西康陽さんゲスト回を聴く。小西さんのライブを落語や講談のような演芸に近いという見立ては確かにと思う。歌と喋りがシームレスにつながりその「人」が出る。

NHK+でドラマ「東京サラダボウル」観る。外国人居住者の言葉に耳を傾けるドラマ。緑色の髪をした奈緒とクールな松田龍平がバディを組む。この国には酷い外国人差別がある。優しく親切な日本人。日本は凄い!と自画自賛しながらなぜか白人に共感し、同じアジアの人々は下に見る。差別主義者がもてはやされ、差別を止めろというと逆差別だと喚き散らす。SNSでは真偽不明の情報が溢れ、歪んだ正義感でコーティングされた差別心が暴走する。でお前はどっちの日本人なんだ?とピンクのサングラスをかけた男が俺に銃を向ける。

クローズアップ現代 アマゾンで10年ぶり出現未知の人々“イゾラド”」観る。以前に観たイゾラドを追ったドキュメンタリーは興味深い内容でインパクトが大きかった。あれから10年。イゾラドたちが再び現れたという。それも100人を超える集団でひどく攻撃的になって。いったい彼らに何があったのか?違法な森林伐採。資本主義が彼らを追い込み対立を生んだことがわかる。

2025/1/10

今日はことさらに寒い。朝から吹雪いている。営業回り、挨拶回り、今日も大阪へ。雪で電車も遅れ気味。商談終え、遅いランチは天丼。650円。価格からして当然だがエビもイカも野菜も随分ちっちゃくなっちゃった。逆マギー慎司。真面目に働き寄り道もせずまっすぐ帰宅。

YouTubeで話題の配信、現役の弁護士であり芸人のこたけ正義感の漫談ライブ「弁論」を観る。弁護士あるあるなどで観客を笑わせ、あたため後半20分で「袴田事件」に繋がり一気に畳み込んでいく。笑ってしまうほどに杜撰な証拠や判断で「捏造」された冤罪事件、一人の人間の人生を壊した笑えない現実。壁一枚で地獄の裁判を弁護士と芸人の視点でツッコみ、最後にまたズドンとぶっこんでくる。配信は15日まで。一見の価値あり。


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2024年12月28日~2025年1月3日の話。

2024/12/28

7時起床。年内最後の休日出勤。ショッピング番組の生放送特番。裏方として試食用のカニと格闘し終了。これで仕事納め。帰宅し遅めの昼食はサッポロ一番塩ラーメン。卵と餅をトッピング。

夕方から妻、義母、義兄といっしょにお通夜へ。義姉の義母のお通夜。96歳、大往生。小さな曾孫が7人もいて親族控え室も賑やか。甥っ子、姪っ子の子供たちがかわいい。生と死、生まれて育っていくサークルを感じる。

24/12/29

朝から妻、娘夫婦と義母宅へ。年末恒例の餅つき。年季の入った餅つき機がフル稼働。つきたての餅を皆で丸める。出来たての餅、これがもう美味いのなんの。

帰宅し、妻と京都まで。ロームシアターにて「清⽔ミチコ万博 〜ひとりPARADE〜」京都公演を観る。元祖“才能が渋滞している”天才芸人。歌にピアノにモノマネ、すべての芸が一流。全方位的にあらゆるものをおちょくり、笑い飛ばす。弟である一郎氏と矢野顕子細野晴臣のマネで「風をあつめて」なんて絶品。そして今回の目玉はスペシャルゲスト、木村充揮(ex憂歌団)とのセッション。隙あらばダジャレを挟み込みつつ、激渋かつかっこいい歌とギターを聴かせる木村氏。痺れたなー。2時間40分ノンストップの楽しすぎるショーで大満足。

24/12/30

妻は今日も仕事。ということで一人京都まで出て映画。烏丸御池すき家でほろほろチキンカレーで腹ごしらえ。

アップリンク京都にてまずはクリストファー・ザラ監督「型破りな教室」を観る。アメリカとの国境近くにある町、メキシコのマタモロス。麻薬、暴力が蔓延し貧困にあえぐこの町の学校に新任教師ファレスが赴任。マニュアルからはみ出し、自分で考え導き出すことを教えるファレス。子供たちは型破りなファレスから様々なことを学んでいく。だが彼らの日常は優しくない。暴力や貧困が彼らの未来に暗雲をもたらすのだ…。学ぶことの喜びを知り、未来に光を見出す子供たち。だが残酷な現実が彼らを襲う。生徒の一人・パラマは数学にずば抜けた才能を見せる天才。だが貧困の中にいる父親はファレスに言う。娘に期待を持たすなと。哲学に興味を持つルペはヤングケアラー。幼い弟たちの面倒を見るために学ぶことができない。学ぶことの楽しさを知り未来を夢見るニコだが暴力の世界から抜け出すことを許されない。本来人には学びたいという欲があると思う。知らないことを知りたいと思う知識欲。教育とは違う、学び。「私の学びを妨げる唯一のものは、私が受けた学校教育である」というアインシュタインの言葉が映画の最後に飾られる。大人は子供たちが持つ学びたいという気持ちを止めてはいけない。それが大人の役割だと思う。この型破りな教室にはちゃんとした学びがある。未来を生きる子供たちの為に自分は何ができるのかと映画を観ながら考えさせられた。良き映画であった。NHKのドラマ「宙わたる教室」のことも思い浮かんだな。

で一旦マクドでマックシェイクのチョコ飲んで休憩。それからもう一本。

チャンドラー・レヴァック監督「アイ・ライク・ムービーズ」を観る。舞台は2003年のカナダ。ローレンスは映画大好きな高校生。自己中心的で他者を見下し社交性はゼロ。そんなローレンスがレンタルビデオ店で働き、店長のアラナはじめ様々な人たちと接することでちょっとずつ変わっていく。主人公ローレンスのイタさ、根拠のない優越感、自分だけは特別だという思い込みと妙な自信。だがそれと背中合わせに常に不安と自信の無さ、劣等感がある。どこか既視感があるこの感覚。そうまるで昔の自分を見るようだ。いや、今もまだどこかに残っている。若さとバカさがひたすら空回って、手を差し伸べてくれる人すら傷つけてしまう。そしてその傷が全て自分に跳ね返ってきて初めて気づくのだ。映画は自分以外の他者の世界を覗き見ることができる装置だ。未知の世界、未知の体験を覗き見し自分の無知を知る。時に共感したり、時に反発しながら、他者の中にも自分と同じように事情があり感情があることを知る。幼いローレンスは自分だけを見ている。映画を観ながらも映画を観ている自分だけを見ていて内側に高い壁を作ってしまう。他者との関係が壊れ、一人になった時にやっとその壁を壊し外に出ることができたのだ。そしてローレンスはやっと少し大人になる。これまた良き映画だったなー。

やっぱり映画館で過ごす休日は最高だな。そしてそんな今日12/30は誕生日なのであった。

夜、2024年の映画ベスト10を誰に頼まれた訳でもないのにUP。アイ・ライク・ムービーズということで。今年観たのは配信含め119本。その内劇場で観たおよそ100本から10作品を。良ければお読みくださいね。

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24/12/31

晦日。朝から郵便局まで年賀状出しに行って(遅すぎるよ)、しばし湖岸を散歩。昼は家でパスタ。それからNETFLIXで映画を一本。藤井道人監督「青春18×2 君へと続く道」を観る。ベタっちゃベタなお話なんだけど、台湾という舞台設定と清原果耶の清原果耶力でぐっと抑えた沁みる青春映画に。奇しくも中山美穂追悼にもなっていた。

夜はそばを食べて紅白。郷ひろみやすきよの漫才に入り込んだのには笑った。そしてその画像をすぐにXにポストしていたエムカクさん(明石家さんま研究家)最高。星野源の鬼気迫る「ばらばら」も聴き応えあった。ありとあらゆる考察がSNSに上がっているけど、本当のところは彼にしかわからない。それこそ「ばらばら」だ。だが「大いなる力には、大いなる責任が伴う」。本人の望む望まないにかかわらず、彼は年末の国民的番組で歌う影響力を持つスターでありヒーローなのだ。誰かを切り捨てるのではなく誰もとりこぼさないのがヒーローだ。それを背負ったものの痛みと孤独が染み入った。そして「虎に翼」パート。「虎に翼」はまさに誰もとりこぼさない、いなかったことにしないという強い意志を持ったドラマで、このパートでもしっかりとその意志を示して見せた。素晴らしかったな。

で2024年も終わり。まぁ色々大変な年ではあった。いいこともあり、悪いこともあり、楽しいこともあり、辛いこともあり、日記に書いてない、書けないことも、そりゃあるよ。まぁこれが人生。That's Life。

2025/1/1

明けましておめでとうございます。年明けて2025年。妻と2人、お雑煮とお節。貰い物のお節が超豪華で朝から豪勢。

昼前に娘夫婦もいっしょに実家まで。昼は母手製のお節。慣れ親しんだ味。美味しい。墓参りにも行って父に新年のあいさつ。父が亡くなってもう17年も経つのだな。イオンモールユニクロで買い物。兄は娘夫婦にとてもよくしてくれる。何でも好きなもの買ってやると大盤振る舞い。小遣い制のせせこましい父(俺のことである)とは大違い。夜は皆でしゃぶしゃぶ。母はいつまでも兄や僕が高校生の頃の感覚でいて肉や野菜を大量に用意してくれている。ありがたいが当然半分も食べられない。もう50過ぎてんだから。

2025/1/2

今朝も妻と2人、お雑煮とお節の朝食。で今日は娘夫婦もいっしょに妻の実家へ。昼から夜まで食べて飲んでお喋りしてテレビ見てダラダラと過ごす。カニ鍋に鴨鍋、最後の雑炊がもう美味いのなんの。

二日続けて付き合ってくれた娘婿に感謝。

radikoで角田龍平の「蛤御門のヘン」聴く。毎年恒例、蛤御門アワード。スタン・ハンセン、金平会長をはじめとする濃厚すぎるゲスト陣の中にあって、最薄味ゲストとして不肖、私も出演させて頂いた「蛤御門のヘン」。リスナーさんでアワード候補に私の名前を挙げてくれた方がいてびっくり。番組出演後、ブログを読んでくれた人も多く、なんといいますか感謝しかない。

2025/1/3

今朝も妻と2人、お雑煮とお節の朝食。やっとお節食べ終わった。初詣に多賀大社まで行こうということになって義母も一緒に出掛ける。高速飛ばして片道1時間ちょっと。さすが人も多い。しっかりお参りして多賀屋で糸切り餅買って帰宅。義母宅で遅めの昼食というか早めの夕食というか昨晩食べきれなかったオードブルとかお節をつまむ。

夜はTVerNHK+で年末年始の番組などをチェック。話題の爆笑ヒットパレードでの爆笑問題のネタなど。でもまぁ太田さんがいじらないわけないだろうという感じ。というか、テレビ以外はネットも雑誌も一般人でさえ話題にしてるんだからむしろ触れない方が無理がある。そんなことよりあれだけのキャリアでもうネタやらなくていい立場の爆笑問題がずっとネタを作り、やり続けてることが凄い。ラジオを聴いてると日々ネタ作りし、ネタ合わせを繰り返してることがわかるし、ネタ後の反省をいまだに口にしている。いつまでたっても(漫才が)上手くならないと嘆く太田さん。年末年始だけでも多くのネタ番組に出てトリを務め、新ネタでしっかり笑いを取る。テレビだけじゃなく自分たちで場を作りクオリティを保ちながら常にネタを作り続けている。これ、ちょっと凄くないか。

2024年に観た映画の話。

ということで2024年マイベスト映画を

  1. フジヤマコットントン
  2. 夜明けのすべて
  3. ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
  4. ぼくのお日さま
  5. ロボットドリームズ
  6. 違国日記
  7. ソウルの春
  8. 密輸1970
  9. ルックバック
  10. YOLO 百元の恋

2024年、社会や政治の世界に目を向けてみると酷い一年だったという印象が強い。デマやヘイトが蔓延し、人権や尊厳が軽視され、強い者に媚び、弱い者を踏みにじる。声を上げる者に石を投げつける。上か下か、右か左か、黒か白か、敵か味方か…分断が進み、対立ばかりが増えていく。そんな社会の中で生きていると知らず知らずのうちに心に無数の傷がついている。こうして10作並べてみると、そんな社会に抗うような作品を自然と選んでいた。

それぞれに意見がありそれぞれに事情がある。耳を傾け、寄り添い、共存する。弱き者たちの中にある強さ、声を上げることの大切さ、世界の美しさ、未来にあるはずの光、たとえそれが叶わぬ夢、理想だとしても、そこに一歩でも近づこうという想い…とまぁそんなことを感じられる作品が心に残った。

ではこのブログに書いたそれぞれの映画の感想を改めて採録します。

 

1.青柳拓監督「フジヤマコットントン」

山梨県甲府盆地のど真ん中にある障碍者福祉サービス事業所「みらいファーム」。そこに集う人々、その日常を映すドキュメンタリー。青柳監督のお母さんが働いていて監督は子供の頃からよく出入りしていたのだという。それもあって青柳監督のカメラはごく自然ととけ込み、映される人たちも監督とカメラを当たり前のように受け入れている。「みらいファーム」では障害を持つ人たちが、農作物や花を育て販売したり、育てた綿花で糸を紡ぎ織物にし製品を作ったり、なかには絵を描いて個展を開いたりと、それぞれが自分たちの手でできることをしながら活動を広げている。思慮深く、丁寧にはたを織るめぐさん、お喋りでテキパキと仕事をこなすゆかさん、心優しく花を愛でるケンちゃん、ひたすらペンを走らせ一心に絵を描き続けるたけしさん、玄関の横でコツコツと綿繰り作業をしながら全てを観ているいちろうさんは森の賢者のよう。出てくる人たちはそれぞれに個性があり、それぞれに悩みや事情がある。仲の良かった職員さんがいなくなり一人ふさぎこむおおもりくん、そして最高なのがたつのりさん。「希望の花、咲かせてもいい?」などなど名言連発、恋に破れ一人泣いたりと魅力にあふれている。また彼が撮る写真がどれも素晴らしいのだ。カメラは優しく愛おしく彼らの暮らしを見つめる。そこには詩があり、絵があり、歌がある。育てた綿花を摘んで、糸を紡ぐ。糸の太さは均一にはならない。その糸を機織機でコットントン、コットントンとめぐさんとゆかさんが織り上げていく。ゆっくりと丁寧に織り上げられた綿布の風合い、その美しさ。柔らかで優しい手触りがスクリーンからも伝わってくる。そしてその感触がそのまま映画になっていた。なんだかちょっと泣けてくる。気持ちの良い涙が溢れる。大好きで大切な映画だと思った。

もう一つ観ている間に考えてたことがある。「仕事」について。僕は彼らのように「仕事」してるのだろうかと。彼らが手を動かし、身体を動かし、何かを生み出すように自分は仕事してるだろうか。口先三寸で金儲けしてるだけじゃないか。「仕事」ってなんだろう?そんな風に頭を巡らせていたらラストでたつのりさんがカメラを持つ青柳監督に問いかける「仕事って何?」と。うーんと悩みながら答える青柳監督。それにかぶせるようにたつのりさんが「仕事とは…」と語りだす。そこには明快かつ完璧な答えがあった。心が震えた。

日々の営み、そこで生まれる感情や想い、繋がり。彼らの日常を観ながら自分自身の生活や仕事を考える。「生きる」ということを足元から考えさせてくれる映画でもある。大傑作。多くの人に観ていただきたい。

2.三宅唱監督「夜明けのすべて」

三宅唱監督「夜明けのすべて」を観る。PMS月経前症候群)でイライラが抑えられなく藤沢。同じ職場で働くことになった新人・山添の無気力さにイラつき、きつく当たってしまう。だが山添がパニック障害を抱えていることを知り自身がPMSであることを告白する。他人には理解されにくい障害を抱えた二人は、適度な距離を保ちながらお互いの理解者になっていく。素晴らしかった。二人はべたついた関係には陥らない、ましてや恋愛感情もない。それでも同志として理解し合い、必要な時には手を差し伸べ合う。彼らとともに働く職場の人々にもそれぞれに事情がある。そう、すべての人は他人からは窺い知れない事情があり、悩みがあり、様々な想いを胸に抱えているのだ。でもどうしても一人では抱えきれない、はみ出してしまう部分がある。そのはみだした部分を誰かが見ていてくれている、理解してくれているというだけで心は少し軽くなる。上白石萌音松村北斗、主演二人の声が実に良い。トーン、大きさ、スピード、どこをとっても最適で素晴らしい。派手な映画ではないけれど、秀作であり良作。大切にしたい映画であった。

3.アレクサンダー・ペイン監督「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」

1970年、名門バートン校。家族から離れ寄宿舎に暮らす生徒たちだが冬休みになると、皆家に帰りクリスマス、新年を家族と過ごす。だが中には帰れないものもいる。この冬、寄宿舎に残ったのは優秀だけど何かと反抗的な生徒・アンガス。管理者として指名されたのは生徒のみならず同僚からも煙たがられている古代史の教師ハナム。そして一人息子を戦争で失った料理長メアリー。バラバラの3人が共に過ごすクリスマス。良かった。素晴らしかった!孤独を抱える3人にはそれぞれの事情がある。複雑な家庭環境で育ち、寂しい気持ちをナイフのようにとがらせたアンガス。本当は心優しく優秀なのに、やりどころのない気持ちを触る者皆にぶつけ傷つける。ハナムもまた事情がある。良き人であろうと願う善人ながら、自身の過去に囚われ、自分自身の殻の中に閉じこもっている。愛する息子を亡くしたメアリーはその悲しみからまだ立ち直れないでいる。孤独な魂が、孤独な冬を過ごす中で、それぞれの事情を知り、寄り添う。3人はただ馴れ合う訳じゃない。それぞれがそれぞれを知ることで本当の自分を知ることにもなる。3人の関係は永遠続くものじゃないかもしれない。だけど3人にとってお互いの存在が「忘れえぬ人」になる。アンガスはきっと大人になってもクリスマスのたびに、この1970年のクリスマスを思い出すことだろう。孤独な冬の日、孤独な自分に寄り添ってくれた大人がいたことを。壮大なるいい話なんかじゃなくて、ちょっとしたいい話なのがいい。人が人を思いやることの確かな美しさがここにある。素晴らしい映画だった。

4.パブロ・ベルヘル監督「ロボットドリームズ」

ミッド80'sのNY。孤独に暮らす「ドッグ」。寂しさの中で購入した友達「ロボット」。そして訪れるドッグとロボットの幸せな日々。だが二人に襲い来る突然の別れ。そして過ぎていく日々…。それを台詞無しのアニメーションで見せていく。可愛く漫画チックな絵。でもそこには不思議とリアルな質感がある。昔、ウディ・アレンの映画で観たようなNYの街並み。重力を感じさせる動き。そして描かれるのは誰もが感じたことのある痛みであり切なさだ。美しい日々は終わり、胸に傷を残し痛みとなる。やがて日々は過ぎ、いつかその痛みは切なくも甘い記憶となり胸を温めてくれる。くーっ!言葉の代わりに雄弁に語るのは音楽。最後の数分の展開、あんなん絶対泣くやろ!自分でもどうかと思うぐらいスイッチを押され涙がポロポロ。この先、EW&F「September」聴くたびにドッグとロボットの姿が胸に去来するだろう。こういう作品に出会えるから、映画館通いが辞められないのだ。

5.奥山大史監督「ぼくのお日さま」

吃音がある小学6年のタクヤ。同級生たちとアイスホッケーチームに入っているものの苦手。ある日スケートリンクフィギュアスケートのレッスンを受ける中学生のさくらに目と心を奪われる。誰もいなくなったスケートリンクでさくらの真似をしてスケートを練習し始める。その姿を見たさくらのコーチでかってフィギュアスケートの選手だった荒川はタクヤにスケートを教え始める。そしてタクヤとさくらのペアでアイスダンスに挑むことに。荒川にほのかな恋心を抱くさくら、さくらに初恋するタクヤ、同性の恋人と暮らす荒川、3人が過ごしたひと冬の物語。淡くやわらかな光、少ない台詞と繊細な視線。甘くでもひどく苦い忘れ得ぬ日々。素晴らしかった。幼い二人の純粋さとそれゆえの残酷さ。Zombiesの「Going Out of My Head」をバックに3人が冬の湖で遊ぶシーン。美しく尊い冬の一日。恋人と過ごす荒川の姿を遠くに見かけたさくら。幼く小さな心の痛みが残酷な言葉となる。そして美しく尊い冬の一日は儚くも消えてしまう。幼い二人はやがて知るだろう、胸の痛みの意味を。そして月日が流れそれぞれがそれぞれの「忘れ得ぬ人」になることを。僕にとっても「忘れ得ぬ映画」となった。

6.瀬田なつき監督「違国日記」

両親を交通事故で無くした15歳の朝。朝の母親の妹で小説家の槙生は葬式の席で、衝動的に朝を引き取ると宣言。槙生と姉は不仲でほぼ初対面の二人。人見知りで人付き合いが苦手な槙生と、明るく人懐っこい朝。まるでタイプが違う二人が共に暮らすことになって…という物語。自分の感情は自分だけのもの、決して理解し合うことはできないと言う槙生。今まで出会ったことがないタイプの大人である槙生に戸惑う朝。槙生もまた天真爛漫な朝に戸惑う。ぎこちない二人だが共に暮らし会話を交わすことで、理解し合えなくとも寄り添えることを知る。これ、かなり好きな映画だなー。ちょっと「夜明けのすべて」を思い出した。姉である朝の亡くなった母親のことを許せないでいる槙生、そんな母親を大好きだった朝。人は多面的であり、同じ人であっても見る場所、関係性によってまるで違って見える。そして他人が何を想い、どんな感情を抱くかをコントロールすることも出来ない。それは当たり前のことだけど、時に人はそれを忘れてしまう。だが自分の感情は自分だけのものであるように、あなたの感情はあなただけのものであり、お互いがそれを理解し、尊重することで歩み寄り寄り添うことができる。映画は二人の関係を描きながら、例えば朝の同級生たちにもそれぞれの物語があり、事情があることをちゃんとすくい上げる。そこがとても良い。朝や槙生に事情があるように、誰もがみなそれぞれの事情がある。槙生を演じるのは新垣結衣。「正欲」に続いていい映画を選んだね。新垣結衣、そして友人役の夏帆。かっては少女を演じた二人が、ちょっとダメな大人になって少女を導く。そして朝を演じた早瀬憩が素晴らしい。眩しいばかりの生命力、子供のような天真爛漫さと揺れながら成長していく少女の繊細さ。映画は残っていく。一瞬に過ぎ去っていく青春の輝きをこうしてフィルムに残せたことは彼女にとっても大きな財産だろうな。とっても良い映画だった。

7.ム・ソンス監督「ソウルの春」

朴正煕暗殺後、全斗煥が起こしたクーデター。韓国近代史の中でも最悪の結果をもたらしたまさに負の歴史を、国を守ろうとした首都警備司令官イ・テンシンと秘密組織「ハナ会」を率い、私利私欲の為に国を乗っ取ろうと動く保安司令官チョン・ドゥグァンの一夜の攻防を描くことで炙り出す。愚直なまでに生真面目な善と、狡猾で人たらしの悪がシーソーゲームの果てに最悪の結末に辿り着く。史実に基づいているのだから結果はもう出ている。だけど緊張感が途切れることはなく、ありえない歴史のifを求めてしまう。前段をサクッとスピーディーかつしっかりわかるように見せ、映画のほとんどを一夜の攻防に割く。信念より保身、周りの者たちはいともたやすく寝返り、たった一夜で形勢は逆転、国の形が変わってしまう。あまりに切なく、後味の悪いラスト。映画はこの苦さを忘れてはならないと強烈なメッセージを残す。

全斗煥=チョン・ドゥグァンを演じるのは我らが兄貴、ファン・ジョンミン。嘘、ハッタリ、恫喝、泣き落としと巧みに軍人たちを懐柔していく憎らしさ。最高に最低で最悪。国も民も頭にない、ただ権力を得ることだけが目的だから嘘や裏切りに躊躇がない男。まごうことなき悪人なのに、皆が巻き込まれてしまうのも無理はないと思わせるカリスマ性。ファン・ジョンミンだからこその説得力に唸る。対するチョン・ウソンもまた愚直な正義を体現する。ぶれない信念ゆえに地獄を味わう。監督の前作「アシュラ」に続く二人の対決。前作以上に見応えあり。しかし自国の負の歴史をここまではっきりと描き、政治的なんて程度ではなく政治に直結する話を映画にしそれが大ヒットする。この歴史を忘れるなという強いメッセージを発する映画人、それを受け止める観客。いつか我が国もそうなれるだろうか。私利私欲に突き動かされ、権力を得ることだけが目的のチョン・ドゥグァン。国も民も眼中になく、嘘をつくことに何ら躊躇もない。最低最悪のクソ野郎なんだが、この劣化版のミニチュア版みたいな政治家が今の日本にはウヨウヨと溢れている。金儲けの手段として政治家になる。私腹を肥やすためにまずは権力を得ようとする。裏金議員におねだり知事、さらにその予備軍みたいな輩たち。隣国の過去が我が国の未来になる。そんな岐路に僕たちは立っている。

8.リュ・スンワン監督「密輸1970」

時代は1970年代中盤。小さな漁村クンチョンが舞台。工場からの排水で海が汚染され収入減を失った海女たち。海底から密輸品を引き上げる仕事を斡旋され食い扶持を稼ぐも税関の摘発で逮捕、海女たちのリーダー、ジンソクは刑務所送りに。親友のチュンジャは一人逃亡する。そして2年が過ぎ、チュンジャがソウルからクンチョンに戻ってくる。出所したジンソクに再び密輸の儲け話を持ち掛けるが二人の友情には大きなひびが入っていた。そして金塊の密輸に絡み、成り上がりのチンピラヤクザ・ドリ、密輸王のクォン、そして税関のジャンチュンが入り混じる騙し合いバトルが勃発。虐げられてきた海女さんチームが一発逆転を目論み参戦!ついでにサメもやってきてそりゃもう大騒ぎさ。果たして密輸バトルの勝者は?そしてチュンジャとジンソクの友情は?いやーもう滅法面白い!久々に胸をすく韓国産爽快アクション活劇。テンポの良い語り口、サイケでキッチュな美術、アイデア溢れるアクション、チャン・ギハによる韓国ナツメロをベースに、ファズを効かせたギターが鳴り響く音楽、どれもが最高。時にドぎつく、時にクール、ワクワクと胸躍る物語。何もうこれ最高の映画じゃん。キム・ヘスとヨム・ジョンア、タイプの違う50代の女優がど真ん中で主役を張り、シスターフッドで男どもに一泡吹かす。コアとなるこの二人の在り方がかっこよく、「今」の映画としてしっかり機能している。現代的なテーマが芯にありつつ、徹底的にエンタメとしても面白い。リュ・スンワン監督作は「クライング・フィスト」や「ベテラン」「モガディシュ」など大好きな作品が多いがまた一作加わった。俳優陣では海女さんたちに協力するコマダムを演じるコ・ミンシも素晴らしかったな。「魔女」でキム・ダミの親友を演じた子だと最初気づかなかった。あとはチンピラヤクザ、ドリを演じたパク・ジョンミン。相変わらず巧い!パク・ジョンミンに外れ無し。とにかく面白い映画が観たい!という貴兄におススメする痛快で爽快で愉快な一本!

9.押山清高監督「ルックバック」

学年新聞で4コマ漫画を連載する小学4年生の藤野。だがある日一緒に掲載された不登校の京本の漫画を観てその高い画力に打ちのめされる。負けたくないとひたすら書き続ける藤野だが一向に縮まらない画力の差に絵を描くことを諦める。だが、小学校の卒業式、京本と初めて出会った藤野は京本から「ずっと藤野のファンだった」と思いもしなかったことを告げられる。やがて二人はともに漫画を描き始めるのだが…。何かを創造すること。その修羅の道。人の才能と比べては打ちひしがれ、それでも作り続ける。才能の限界を突破するためには、ただひたすら作り続けるしかない。才能とは何か。倒れても倒れてもやり続けることなのだな。藤野と京本、二人の繋いだ手。やがて離れてしまう二人の繋いだ手が切なく苦しい。57分に込められた濃密な物語、アニメーションの力強く、繊細な表現、河合優実と吉田美月喜の声もまた素晴らしかった。大きな話題になるだけのとても力がある作品で、何かを作ることなんてとっくの昔に諦めた自分の胸にも強く響いた。今まさに何かを作っている人には決して人ごととは思えない物語だろう。まぎれもない傑作。

10.「YOLO 百元の恋」

安藤サクラ主演の日本映画「百円の恋」のリメイク。心の痛みを隠すように自堕落に生きてきた女性がボクシングに出会い、肉体の痛みとともに自尊心を取り戻す。主演、監督を務めるジャー・リンが、映画の魂を受け止め、体現。映画の中で50キロにも及ぶ過酷な減量を行い肉体改造。映画の前半では100キロの巨体を引きずっていた主人公が、徹底的に体を絞り上げまさにボクサーへと変貌していく。それをリアルにやってのけるのだ。そして壮絶なボクシングシーン。監督・主演のジャー・リンは鍛え上げられた肉体でボコボコに殴られて見せる。殴られ倒れ、立ち上がっては殴られる。身体の痛み、身体についた傷の一つ一つは彼女にとっては勲章で、それは初めての勝利なのだ。泣いた。沁みた。素晴らしかった。

ジャー・リンは中国の国民的コメディアンで初監督作「こんにちは、私のお母さん」は中国で大ヒット。「こんにちは、私のお母さん」は自分なんか生まれてこなければ良かったと思う主人公が、タイムスリップし若き自分の母親と出会い、自分自身を取り戻す話であった。今作とも通じるテーマであり、それは監督の最大のテーマなのであろう。エンドロールで流れる撮影と並行して行われた実際のトレーニングシーンが壮絶。その壮絶さを超える、そこまでしても映画として伝えたいという想いを強く感じた。

2024年12月21日~27日の話。

2024/12/21

7時15分起床。BSで朝ドラ「カーネーション」観て、本日も休日出勤。バタバタバタッと昼までで仕事終えて電車で野洲まで。

radikoで角田龍平の「蛤御門のヘン」。角田さんはじめ「紳助の人間マンダラ」での企画「オール巨人オール巨人の漫才道場」に関わった人たちの30年ぶりの同窓会。それぞれの人生が交差した瞬間。今は離れてしまっていてもそれぞれが振り向いた先にその交差点がある。思いのほかグッとくる内容で良き放送だった。

野洲文化会館で義母、妻と落ち合い、「桂文珍独演会」へ。義母が観たいということで僕も便乗。というか僕も一度見ておきたかった。まずは弟子の文五郎が前座を務め、文珍師登場。ゆっくりとした喋りで観客をまさに手のひらで転がすかの如く爆笑の渦に。たっぷりのまくらで散々笑わせナンセンスな新作噺「ピー」へ。内海英華の「女道楽」を挟んで再び文珍師登場。古典「雁風呂」をたっぷりと。中入りの後もう一本は「蔵丁稚」。こちらも見せ場たっぷりの噺でぐっと観客を話芸で惹きこむ。中入り挟んで2時間半をさらっと熱演。力の入れどころ、抜きどころ、緩急織り交ぜ観客を噺の中に誘う。当たり前だけど凄い。感服いたしました。

外に出ると寒い。「ちゃっぷい、ちゃっぷい、どんとぽっちぃ」といまだに言ってしまう50代。猛吹雪の中、震えながら「ちゃっぷい、ちゃっぷい、どんとぽっちぃ」と貼るカイロ「どんと」を求める原始人。演じるのは西川のりお桂文珍師匠だった。当時ラジオ番組「ハイヤング京都」で文珍師匠がおもしろいCM撮影したと面白おかしく喋ってたのを覚えている。「ちゃっぷい」も「ぽっちぃ」もちゃんと研究者によって調べられた原始時代の言葉だとか言ってたっけ。

妻はそのまま仕事終わりの娘と合流し石山のライブハウスであるお笑いライブへ。ということで一人帰宅。餃子と唐揚げ、天津飯で一人豪勢なディナー。全部冷凍ものだけど、手作りするよりはるかに美味しい。

2024/12/22

今日も妻とお出かけ。京橋まで出てIMPホールにて宮藤官九郎作・演出、ウーマンリブvol.16「主婦 米田時江の免疫力がアップするコント6本」を観る。出演は片桐はいり皆川猿時勝地涼、伊勢志摩、北香那そして宮藤官九郎。米田時江を巡るバカバカしく、くだらない連作コント。笑った。ベテラン勢の手練れのコメディ力もさることながら今やイケメンコメディ俳優としての地位を確立する勝地涼の軽妙さ、北香那の可憐さからの爆発力も素晴らしかった。幕間の映像を含めてただ面白いと思うことをゲラゲラ笑いながらやっている感じが楽しい。影響力のある表現者である以上、社会的な意義や意味を背負わされるのは当然だ。不特定多数が観るドラマなど望む望まないにかかわらずそこは重要にならざるえない。そこを取っ払って「くだらない」に重きを置いた舞台。舞台人クドカン高田文夫イズムとでも言おうか、その振り切ったくだらなさが最高だったなー。

帰宅しすぐにTVつけM-1敗者復活戦の途中から。それにしても令和ロマン強い。1組目で名前呼ばれた瞬間に優勝したようなもんだった。好みはともかく圧倒的なヒーロー感があったな。

にしても先日の「名探偵津田」しかり今回のM-1しかり、松本人志の不在なんてこれっぽちも気にならなかった。むしろ風通しよくなったようにも思う。諸行無常というかなんというか。でもまぁ普通のことか。事情は様々なれど欽ちゃんもドリフもたけしも今はテレビの真ん中にはいない。移り変わっていくのが当たり前。変わっていくのが当たり前なのだ。

2024/12/23

誰もがM-1を語っているなー。その行為にちょっと恥ずかしさを感じる。昔は自分も散々語っていたけどね。点数付けちゃったりなんかしてね。今はもう語る熱量が僕には足りていない。

録画した「海に眠るダイヤモンド」最終回を観る。杉咲花宮本信子が一つの画面に収まる。過去の自分を抱きしめるように、現在の自分が過去に寄り添う。くーっ泣ける。時代は過ぎ、日々移り変わっていく。忘れがたき過去、挫折や後悔、追憶それらの上で今を生きている。重層的な人間ドラマで見応えがあった。

2024/12/24

外回り営業。ランチはちょっと贅沢にブロンコビリーへ。サラダバーもドリンクバーもつけずハンバーグランチのみを頼む。50代地方サラリーマンの贅沢がこれだ!涙の塩味でライスを頬張るのであった。

夜はTVerで「マイダイアリー」最終回。あまり話題にならなかったドラマだけど優しさを想い出させてくれる良きドラマだった。所詮絵空事だとしても、彼らのような若者たちが今もいて世界を憂い、優しさで繋がり、未来に光を灯してくれることを祈る。

2024/12/25

晩御飯はチキン。ケーキは無かったので貰い物の干し芋をデザートに食べる。子供の頃、石油ストーブの上で干し芋をあぶってよく食べてたなぁ。冬の想い出だ。

松本人志インタビュー。なんたる自己本位な内容。ここまで酷い認識でいるとは。まるっきり反省もなければ、女性への謝罪もないのだな。都合の悪いことからは逃げ、二次加害を続ける。ダサい。ただただダサい。かって彼の笑いに熱狂したものとして、こんなにも笑えない彼の姿を観るのは悲しい。そう悲しいのだ。初めてダウンタウンを知ったのは中学生の頃だ。新進気鋭の若手コンビが生み出す笑いに驚き、感激し、追いかけ、笑った。関西で早々に天下を取り、全国へ。その一部始終を観てきた。著作やインタビューを読み、ビデオ作品を買い、映画は全て映画館で公開時に観ている。笑いの絶対王者として君臨し、圧倒的な笑いの力を誇示し続けた人。そして最新のインタビューでもそのままの姿勢で言いたいことを言っている。自分があたかも被害者で正義の様に振舞っている。踏みにじられ、傷つけられ、必死の覚悟で声を上げた者のことなど考えもしないでいる。まるで「マッドマックス」の世界に君臨する最低最悪の悪役のような振る舞いじゃないか。どこでこうなった?悲しいよ。

2024/12/26

星野源はやっぱりちゃんとしてるな。彼が「あらゆる性加害行為を容認しません。」というしっかりとしたメッセージを発信できる人であることが嬉しい。彼が歌ってきた歌との一貫性も感じる。キャンセルカルチャーなどという人もいるがお門違いだろう。踏みにじられ、傷つけられ、必死の覚悟で声を上げた者たちの声に耳を傾け、寄り添うことを選んだのだ。

会社帰りにネットカフェで文春チェック。これまたひでぇスキャンダル。ここにもまた最低最悪の悪役がいる。

2024/12/27

仕事納め。仕事をとりあえず片付け、大掃除。夜は忘年会。アルコールは止めてお茶やジュースで時間を過ごす。忘年会が終わって一人になってやっとホッと一息。自分はやっぱり一人で映画を観たり、本を読んだり、音楽を聴いたりすることが一番好きで心が落ち着くし、何もかもを忘れられる。さぁ、明日がやっと映画館に。と言いたいところだけど明日は年内最後の休日出勤なのであった。

2024年12月14日~20日の話。

2024/12/14

7時起床。BS朝ドラ「カーネーション」。勘助が…。で朝から京都まで。

京都シネマにて藤野知明監督「どうすればよかったのか?」を観る。(以下ネタバレあります)

優秀で優しかった8歳違いの姉。医学部に進学した姉だったがある日おかしなことを言い出し始める。統合失調症だと思われるが、医師であり研究者である両親はそれを認めず精神科への受診をさせないまま家に閉じ込めてしまう。映像制作を学び始めた弟はそんな家族の姿を撮影の練習と偽りカメラに収め始める。呼びかけに答えることなく、時折意味不明なことを叫ぶ姉。受診させるべきと何度も何度も両親を説得する弟だが、両親は姉は病気ではないと取り合わない。姉が勝手に出ていかないようにとドアには南京錠がつけられる。そんな毎日が日常となり両親と姉は25年を過ごすのだ。観ながら胃がキリキリと痛む。やがて母に認知症の症状が出始め、その日常は壮絶を極める。深い森の奥に迷い込んだような母と姉。どうすればよかったのか?その問いかけがグサリと胸に刺さる。決して両親は娘を虐待してるわけではない。むしろ愛情を込めて接している。共に食卓を囲み、求めるものを買い与え話を聞き熱心に話しかける。だが、二人は根本でやっぱり間違ってしまっている。娘の為というよりも自分たちのプライドが故に娘が病気であるということを認めらず、治療への道を閉ざしてしまっているのだ。そして25年が失われる。母が亡くなり、やっと姉の治療が始まる。わずか数ヶ月で合う薬が見つかり姉は飛躍的に改善していく。弟の問いかけに答え、カメラに向かっておどけながらピースサインをして見せる。その姿を見ながら「どうすればよかったのか?」の問いかけが過る。家族なのに、家族だから。20年以上に及ぶ家族の記録は深い問いかけを残しながらも、今まさに壮絶な日常にいる人々にとっては大切なヒントにもなるだろう。息が詰まりそうな苦しさの先に光が見える。とにかく観るべき映画である。

小雨降る中御池まで移動。ホテル地下のレストランでハンバーグ定食。隠れ家的な感じでゆっくりと一休み。

アップリンク京都でパク・ヨンジュ監督「市民捜査官ドッキ」を観る。クリーニング店で働くシングルマザーのドッキ。火災にあい生活のためにお金が必要。そんな時に銀行からかかってきた融資についての電話。融資に必要だからと手数料の振り込みを迫られ全財産を振り込むドッキ。だがそれは振り込め詐欺だった。警察に行っても捜査は後回しで埒が明かない。そんな中、ドッキを詐欺にかけた当事者から電話が。彼もまた詐欺組織に騙され脅され中国の地で軟禁状態にあったのだ。そしてドッキは仲間たちとともに金を取り戻すべく中国は青島に向かうのだった。実に胸アツな映画だった。騙されたドッキは、決して騙された自分が悪いわけじゃない、騙した相手が悪いに決まっているとひるまず行動に出るドッキの姿が尊い。演じるのは名脇役から今や主演作も続々封切られるラ・ミラン。彼女と行動を共にするのがこれまた名脇役から今や主演級のヨム・ヘランってのも最高。何も持たない中高年女性が自らのプライドと尊厳をかけて巨悪に立ち向かう。様々なアクシデントを乗り超え、スリルとサスペンスの果てに辿り着く爽快なラストに拍手。そしてこれ2016年に起きた実際の事件を基にしてるってんだから凄い。笑いあり、アクションありの痛快作。こんな映画が観たかった!

radiko高野寛ゲストの、スカート澤部渡の番組「シティポップレディオ」聴きながら帰宅。ミュージシャンシップに富み高野さんへのリスペクトを感じる良き対話。

2024/12/15

8時起床。サンドイッチの朝食。昨日スーパーで見つけて買っておいた半額になった10枚切りのサンドイッチ用食パンと夜のうちに作っておいたゆで卵で。子供の頃、母がよく作ってくれた。タマゴのサンドイッチとハムときゅうりのサンドイッチ。あれは美味しかったなぁと時々ふと食べたくなる。

妻と買い物に行って昼は温かいうどん。しばしテレビ見ながらウトウト。

アマプラで映画を一本。クラウディオ・ロッシ・マッシミ監督「丘の上の本屋さん」を観る。イタリアの美しい村。丘の上にある小さな古本屋さん。店主リベロはある日、店頭で本を眺める移民の少年エシエンに声をかける。お金はないというエシエンにリベロは本を貸し与える。借りた本を返しながらその感想を伝えるエシエン。それに応え一冊ずつ本を貸していくリベロ。コミックから児童文学、中編小説から長編小説と本を通じた二人の交流を主軸にまるでオアシスのような小さな古本屋に集う人々が描かれる。本は新しい世界、未来へ通じる扉だ。その扉を開けることで世界は、未来は広がっていく。年老いたリベラは本を通じて移民の少年に語り掛ける。君には未来があると。小さな本屋の小さなお話。だがとても大きく深く大切なことが描かれている。心温まる佳き作品であった。

NHKで71年の紅白再放送を観る。スピード感があってショーアップされていて今よりずっと楽しい。皆歌がうまいし、個性的。何より生バンドの音がゴージャス。ファンキーなホーンに胸躍る。筒美京平率の高さも凄い。ドリフにコント55号、敏江玲児に仁鶴といった応援団の寸劇もテンポがあってまた楽し。

夜は「海に眠るダイヤモンド」。うぐぐぐぅと前のめりに。杉咲花ちゃんが悲しむ顔を見たくないのにぃ…。次週最終回2時間スペシャル!

2024/12/16

TVerでドラマ「マイダイアリー」。これまたうぐぐぐぅと前のめりに。清原果耶ちゃんが悲しむ顔を見たくないのにぃ…。若い二人のちょっとしたボタンの掛け違い。優しさがすれ違う。あぁ若き日を想いだ…さないなぁ。探せども探せどもそんな切なく甘酸っぱい想い出はどこにもなかった。

2024/12/17

彦根まで外回り。商談終わり遅いランチを何にしようかと悩みながら車を走らせる。時間は午後2時半。中途半端な時間でランチタイムも終わっているだろう。がっつり食う感じでもない。ラーメンか?いやこの前食べてちょっと胸やけしたしなぁ。とんかつも重いし、ハンバーガーもちと違う。ならうどんか。和食さと?ここはなか卯か。それなら親子丼?だがここからの道すがらなか卯はなかったな。あっ天津飯は。近江八幡の王将は反対車線か。おっとバーミヤンへの右折を通り越してしまった。だーっ満州園も何となく通り越してしまった。でも大丈夫。草津の取付道路沿いに王将がある。前にあそこで食べた焼きそばがあまりにまずかったので敬遠してたのだが、天津飯なら大丈夫だろう。時間はすでに4時前。見えてきた。ハンドルを左に切りf駐車場に車を停める。さすがにこの時間一台も停まってないな。颯爽と車を降り、店に向かうと定休日だった。ズコーッ。王将に定休日なんてある?泣きながら会社まで戻ったのであった。

radiko小西康陽ゲストの細野さんの番組「Daisy Holiday」聴く。二人の対話って今まで聞いたことないかも。ピチカートのデビューは細野さんのレーベル、ノンスタンダードからだった。当時中学生の僕はYMOチルドレンチルドレンだったのでノンスタンダードから出るとなればそりゃ買うでしょって感じで駅前のレコード屋に予約してデビュー12インチ「オードリィヘプバーンコンプレックス」を買った。ジャケットも音も最高に洒落てて一発で気に入ったなぁ。でそんな時代のことを細野さんほぼ忘れてる状態でまぁ細野さんらしい。

TVerで「若草物語」最終回を。うぐぐぐぅとまではいかないまでも、堀田真由ちゃんの悲しむ顔を見なくて済んだ最終回であった。グレタ・ガーウィグ監督の「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」を通過しての若草物語モチーフドラマだと思うんだけど、TVドラマの枠の中で健闘。途中離脱しそうになったが安易な着地にせず良かった。

2024/12/18

めちゃめちゃに気を遣う懇親会。大人って大変だなーと50を過ぎてまだ思う。

帰宅して「水曜日のダウンタウン~名探偵津田」観る。面白い!久々にTVで声出して笑ったなぁ。津田の人間臭さ、それもかなり下衆な部分が可笑しみになり爆笑を生む。一歩引きながらもバディとして的確に役割を果たすみなみかわも良いね。こんなん映画にできるじゃないの。

2024/12/19

師走。一日が忙しく過ぎていく。いつまでたっても楽にならんなぁ。

夜はTVで「トラベルナース」最終回。中井貴一岡田将生、安心安全安定ですな。中井貴一のコメディセンスは最高。

2024/12/20

金曜。朝から猫のチャ坊が庭先にやってきた通称・クツシタと大喧嘩。以前はスタボロにやられて逃げ帰ってきたが、今日は逆に追い払っていた。育ち盛りでずいぶん大きくなった。毎日夜中の4時に起こしに来て餌をねだり、なぜか窓を開けろとうるさい。少し窓を開けると安心してソファでくつろぐ。猫とはなんとも気ままでわがまま。振り回されて腹も立つけど憎めない。猫と暮らして20年ほどになるが、猫がいない生活は随分味気ないものだろうな。

で仕事は今日もフル稼働。夕方、時間休とって病院。3か月おきの定期健診で薬を処方してもらう。それにしても急に寒くなったな。

夜はNHK+で「カムカムエブリバディ」1週間分をまとめ観る。BSの朝ドラ「カーネーション」とともに敗戦直後の時代。朝ドラは繰り返し戦争を描いてきた。いかに戦争が人々を傷つけ奪い壊してきたか。戦争なんて絶対にやっちゃいけない。そんな共通言語が今はもう通用しなくなっている。愛国だとかなんだとか勇ましい言葉がいかに胡散臭くデタラメで愚かか。非国民なんて言葉を軽々しく口にする奴らがSNSには溢れてる。戦争を美化し語る者、それがどんな奴らか。戦争の悲惨さを繰り返し描いてきた先人たちの意志、その意味を受け止め伝えていかなければならない。