日々の泡。

popholic diary

2002年5月の話。

2002/5/1~31

5月。今月も激ハード。日記引き続き変則的です。

鈴木祥子のマンスリーライブ最終回。祝日だし大丈夫とチケットを買ったのが3ヶ月前。まさかこんなことになろうとはという感じで休日出勤。どーにかこーにか仕事やりくりしてぎりぎりで駆けつける。今回はかわいしのぶ、グレイスがゲストでロッキンなステージ。疲れきった身体に彼女の歌声が染みる。思えば俺はただの音楽と笑いが好きなぼんくら趣味人だったはず。なんなんだ、この仕事漬けの日々は。いったいどこでどう狂ったのだろうか・・。

ゴールデンウィーク最終日、36日ぶりに休日。朝から家族で公園へ。しばらく娘には寂しい思いをさせてしまった。父ちゃん、父ちゃんとひっついてくる娘の笑顔に思わず泣けてきやがる。

でパルコに行って買い物。タワーでカーネーション「505」、キリンジ「KIRINJI RMX2」、岡村靖幸トリビュート「どんなものでも君にかないやしない」購入。紀伊国屋で「続シーティーピーピーのデザイン 絶頂編」「トウキョウ・モナムール:ピチカートファイヴグラフィックデザイン」、浅草キッド「発掘」、爆笑問題爆笑問題の日本原論 世界激動編」購入。一ヶ月CD買ってなかったもんなぁ。考えたら14歳の時からこれだけCD買わなかったの初めてじゃないか。

休み明け仕事はさらにハードコアに。朝8時から夜11時まで昼飯すら喰えず仕事に追い立てられぼろぼろ。2週間で6キロ痩せる。精神的にも煮詰まり会社帰りの車中で涙止まらない。「もういい、これで終わりだ」そう決めた瞬間、吹っ切れる。

心を亡くすと書いて「忙しい」とはうまいこと作ったもんだね、先人達は。自分は一体、どこに向かおうとしてるんだろうな。なぁ、10代の俺よ、お前が目指してたところってこんなとこだったか?30代になって俺は10代の頃より、20代の頃よりさらにぐちゃぐちゃに悩んだり絡まったりしている。若さとバカさが空回りしていた頃から10年以上経って、若くは無いがバカさは更に深化かつ進化し頭の中はいつでもどたばた考え中だ。でも一つ言えることがある。俺は相変わらずバカだけど、確かに大人になった。10代の俺ならもうとっくにつぶれている。家庭、仕事、あらゆる生活。そんな生活といううすのろを抱きかかえ、どーにかこーにかちゃんと自分で喰ってる。足元ふらふらになりながらも、こうして立ってる。あまりに仕事ハードなので妻に思わず愚痴るが、叱咤激励というか叱咤だけ受けさらにへこむ。わかった、家庭に癒しを求めた俺がバカだった。家庭は職場よりさらにハードな修行の場であるという根本的な原則をうっかり忘れてしまっていた・・。

どうも、辛気臭い日記になってきた。しかしネットでいろんな人の日記とか読んだりするにつけ、どうしてみんなそんなに余裕があるの?という気になってしまう。働いてないのかなぁ・・というかそないにCDとかに金つぎ込めるもんか、実際。米も肉も牛乳も買わなあかんやろ。

ハード、ヘビーな仕事で弱りきってたとき、心配してTEL、メールくれた友人達。泣けるぐらい嬉しかった。自分にとって「美しいもの」を大切にしなきゃね。それが生きることのすべてなんだから。

長く暗いトンネルは終わりがないようだったが、とりあえず踏ん張ったかいあり若干の光が見えてきた。結局のところ、まだここで働いているのだが山あり谷ありいい勉強になった。

さぁ、ここから通常の「音楽と笑いの日々」に戻ろう。

毎年恒例のシティーボーイズライブ。「パパセンプリチータ」観にいく。今回は力の入ったばかばかしさで相当おもしろかった。クレーム処理担当者のコントで「心から謝る大人なんているわけないだろ」というきたろうのセリフがここんとこの自分の仕事とも相まって思わず苦笑。そうなんだよ、それでいいんだよな。

カーネーション96年のライブを収めた「505」。この悩める30男には沁みすぎるぜ。いきなりの「からまわる世界」に胸が熱くなる。「もうすぐ朝陽にまみれて/頭の中は/ただぐだぐだに/煮えくりかえるのだろう」わかりすぎるよ、その感覚。

岡村靖幸のトリビュートも先にシングルで出たカーネーション直枝氏によるロッキンな「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」がベストチューン。クラムボンの切なすぎる「カルアミルク」と高校生の時、部屋で一人よく聴いた「友人のふり」の栗コーダーカルテットによる穏やかなカバーもとてもいい。

ピチカートファイヴのグラフィック集「トウキョウモナムール」を見てるとまるで自分史を見てるような気になる。ノンスタンダードから出たピチカートの最初のシングル「オードリヘップバーンコンプレックス」を手にした中学生の僕は「お洒落ってのはこういうことを言うんだなぁ」とほんとに感動した。セカンド「アクションペインティング」の裏ジャケのロゴの入れ方や文字の構成によるデザインの感覚に衝撃を受けたのは高校生のとき。ファーストアルバム「カップルズ」は今だアナログを買わなかったことを後悔してる。当時高校入学祝いにCDプレーヤーを買ってもらったばっかりだったから迷わずCDで買ったんだけど、今思えばアナログで買っといたら良かったなぁなんて。このジャケットの写真も素晴らしくてしばらく部屋に飾ってたぐらいだ。そういや「ベリッシマ」のジャケットも飾ってたな。あとやっぱり野宮真貴加入直後の一連の作品は衝撃だった。フライヤーとかポストカードとかこれまた何枚も部屋の壁に飾ってた。当時大学でギター部に所属してた僕はギターそっちのけで演奏会のビラや看板つくりに熱中してたのだが、そのほとんどがこの時期のピチカート-CTPP作品のパクリだった。この頃のピチカートの活動に影響受けなかった人なんているのかな?と真剣に思う。