日々の泡。

popholic diary

2024年2月の話。その1

ということで、2月はまぁいろいろありまして。変則的ではありますが観たもの、聴いたもののまとめ、その1です。

NETFLIXでドキュメンタリー「ポップスが最高に輝いた夜」を観る。1985年1月28日。アメリカンミュージックアワード終了後、A&Mスタジオに音楽界のスーパースターたちが一堂に会した。アフリカの飢餓を救うという目的で作られた楽曲「We Are The World」のレコーディングが始まる-。ライオネル・リッチーマイケル・ジャクソンが曲を書き、クインシー・ジョーンズが編曲・プロデュースを務める。当時僕は14歳。MTVブームがあり僕もまた当時の多くの中学生がそうだったように夢中になっていた。マイケル、プリンス、マドンナ、シンディ・ローパーにヒューイ・ルイス、ブルース・スプリングスティーンetc綺羅星のごとく輝くスターたちの音楽に夢中だった。でそんな頃に出たのが「We Are The World」。あれから38年。その夜に撮影されたスターたちの素顔、ライオネル・リッチーをはじめ参加したスターたちのインタビューで構成。いや、もう最高じゃないですか。突然の抜擢にド緊張するヒューイ・ルイス、うまく歌えず一人居心地悪いボブ・ディラン、そんなディランに付き添うスティービー・ワンダー、神経を張り巡らせ現場を回すライオネル・リッチー、ツアー後に駆けつけバシッと決めるブルース・スプリングスティーン、自由気ままなシンディ・ローパー、プリンスを呼ぶために選ばれたと悟り落ち込むシーラ・E…和気あいあいなだけでなく、ピリつく場面も多々ありつつそれでもそれぞれがどこか高揚している。今を時めくスターたちもかってはスターたちに憧れた音楽少年・少女たち。まさにその高揚感が奇跡の一夜に満ちていた。まさに「ポップスが最高に輝いた夜」だなー。

三谷幸喜作・演出「オデッサ」観劇。舞台となるのはアメリカ、テキサス州オデッサ。何もない田舎町で起きた殺人事件。殺人の容疑で拘留されたのは英語が喋れない日本人バックパッカー。取り調べるのは日本語を話せない日系アメリカ人警官。そこで通訳として呼ばれたのはホテルのジムで働く日本人青年。英語と日本語、3人の間で2つの言語が飛び交い、1つの真実を追う。ってな物語で、まぁなんともよく出来ていて面白い傑作会話劇であった。宮澤エマ演じる警官と柿澤勇人演じる通訳青年の二人の会話は英語。だが舞台上に二人の時は英語という態で日本語で会話が繰り広げられ、そこに迫田孝也演じる容疑者が加わると二人は実際に英語で喋り壁面に字幕が映し出される。そこで生まれる誤解、意図的な行き違いが物語を混乱させやがて解決へとつながる。さらにはそこから大きな展開が。巧みに英語と日本語を切り替える宮澤&柿澤のスキルの高さと演技力に脱帽。迫田のネイティブな鹿児島弁も加わり複雑に絡み合う会話劇。すかっと2時間弱という尺も気持ちよく素晴らしかったなー。

宮島未奈著「成瀬は天下を取りに行く」読了。舞台は滋賀県大津市膳所周辺。まさに地元。成瀬あかりは中学生。膳所のランドマーク、大津唯一の百貨店「西武大津店」閉店のニュースを知り、閉店までの毎日西武に通うことに。そんなちょっと変わった成瀬を中心に彼女を取り巻く人たちの視点で描かれる短編が連なり成瀬という魅力的なキャラクターが立体的に浮かび上がってくる。とにかくこのキャラクターがなんとも魅力的で目が離せなくなる。読後感はすこぶる爽快で幸せな気持ちになった。で舞台が30年近く暮らす大津の街。西武大津はもちろん何度も通ったし、なんなら毎日通勤で歩く道沿いにあった。彼女が漫才の練習をする公園も、友達と食事するびっくりドンキーも、完全に生活圏でそれもまた楽しい。

永井愛作・演出、二兎社公演「パートタイマー・秋子」観劇。夫が失業し、スーパーでパートタイマーとして働き始めた秋子。そこは改革に燃える新店長と古株の店員たちによる確執があった。ベテランたちは仕事に慣れ切っていて、商品をくすねることすら躊躇がない。かっては大企業に勤めていたがリストラにあって今はスーパーで品出しをする貫井生瀬勝久)や店長とともに改革に乗り出す秋子だったが…ってな物語。20年前に書かれた作品を沢口靖子主演で再演。様々な職場で見られるような日本的な風景。20年前の作品ながら古さを感じず、むしろ今を描いてるように感じるのは、そんな「日本的風景」が今もなお変わらず残っている、むしろ深く根付いてるからなのだろう。改革の先に訪れる皮肉なオチに考えさせられる。少し浮世離れした沢口靖子が役にピッタリで素晴らしい。生瀬勝久との軽妙なやり取り

NHKの夜ドラ「作りたい女と食べたい女」。シーズン1がとても良かったので楽しみにしていたシーズン2。野本さんと春日さん、二人の関係がゆっくりと進んでいく。この「ゆっくりと」が良い。自分の気持ちに戸惑い、悩み、向き合い、そして互いの気持ちを言葉にして確かめ合う。互いの気持ちと歩調を合わせることの大切さがおいしそうな料理とともに描かれる。また社会の抑圧に立ち向かうシスターフッド的な側面もあり柔らかくも気骨のあるドラマだと感じている。

アン・テジン監督「梟-フクロウ-」を観る。人質として清の国に抑留されていた16代国王・仁祖の息子が8年ぶりに帰郷。だがほどなくして毒殺と思われる謎の死を遂げる。「仁祖実録」に記された史実を基に盲目の天才鍼医を絡め大胆に歴史のifを描くサスペンス。中盤、タイトルが表すある秘密が明かされてからの手に汗握る展開に唸る。見える・見えない、見る・見ないを文字通りの意味と隠喩として描き、権力による腐敗の構造を浮き上がらせる。歴史ものでありながらしっかり現代に通じるテーマ性があり、それを抜群のストーリーテリングで圧倒的に面白く観せる。これは素晴らしかったなー。盲目の鍼医を演じるリュ・ジュンヨルの静と動の演技も素晴らしかったが、権力に囚われ狂っていく仁祖の怖さと愚かさと哀れさを見事に演じたユ・ヘジンに驚いた。人情味あふれる面白おじさんを演じさせたら天下一品のユ・ヘジンが面白を完全封印し演技者としての凄味を見せつけた。素晴らしかった!

NHKのドキュメンタリー「だから、私は平野レミ」を観る。ご存じ、料理愛好家の平野レミに迫ったドキュメンタリー。明るくてせっかちで奇想天外でというパブリックイメージ、それもまた一面にしか過ぎない。常に周りの人のことを想い愛に溢れた彼女のルーツ。父親が残した50年分の日記には彼女が深い愛情で育てられたことがわかる。彼女もまた自分がいかに父や母から愛されてきたか、深い愛情の中で育てられてきたかを想い返し語る。高校生活に馴染めず、学校に行くことも帰ることもできず、一人電車に揺られた青春時代。そんな娘を包む父の愛情。混血児として生まれ酷い差別にあいながら、自身と同じ境遇の子供たちに手を差し伸べ続けた父。娘は父のそばでその姿を見て、時に手伝い育つ。ただ恵まれていたわけじゃない、その明るさの根源は闇の中に灯される光の大切さを知るからだろう。父が彼女に注いだように夫である和田誠も深い愛情を彼女にそそぐ。「だから、私は平野レミ」というタイトルに繋がっていく。なんだか見ながら何度も涙が溢れた。

NHKドラマ「お別れホスピタル」全4回観る。2018年に放送されたドラマ「透明なゆりかご」はオールタイムベスト級の傑作で大好きな作品。それと同じ原作・沖田×華、脚本・安達奈緒子によるドラマが本作。主演は贔屓の岸井ゆきの。「透明なゆりかご」は人が生まれる場所、産婦人科医が舞台だったが、今作は重度の医療ケアが必要な人や、在宅の望めない人を受け入れる療養病棟、人が死にゆく場所が舞台となる。患者、その家族、医者をはじめとする医療スタッフそれぞれの葛藤や奮闘が描かれるわけだが、まぁもうハンカチ無しでは観られなかったな。死は誰にも平等に訪れる。それでいていつ訪れるかは誰にもわからない。生きている限りは死が背中にぴたりと張り付いている。頭ではわかっていてもそれを受け入れるのは辛いことだ。絶望、無念、未練…その時、胸に去来するのはどんな想いなのか。ドラマの余韻に浸りながらぼんやりと考える。そんな時間を与えてくれる良きドラマだった。

2024年1月27日~31日の話。

2024/1/27

8時起床。朝から映画館へ。京都シネマでマドレーヌ・ギャヴィン監督「ビヨンド・ユートピア 脱北」を観る。北朝鮮からの脱出を図る幼い娘2人と老婆を含めた5人家族。1000人以上の脱北者を手助けした韓国のキム牧師指揮の下、壮絶な脱出劇が繰り広げられる。中国、ベトナムラオス、タイを経由する道行。見つかれば即刻強制送還。それは死を意味する。川を渡り、ジャングルを数時間かけて抜けていく。ブローカーたちは金だけが目的、隙を見せれば騙し高額をゆすろうとする。そんな命がけの道行きにカメラは密着する。尋常じゃない緊迫感がスクリーンに充満する。映画は脱出劇とともに脱北者のインタビュー、北にいる家族を脱北させようと奔走する母親の姿も映し、北朝鮮と言う偽りのユートピアの地獄を炙り出す。死と隣り合わせの脱出をしながらもインタビューでは金正恩を讃える老婆。北朝鮮と言う国が徹底した洗脳によって保たれ、成り立っていることがわかる。この恐ろしさは今はまだ自由であるはずの日本にも芽生え始めている。権力が長きにわたり一か所に集中した先にあるのはこの地獄だ。壮絶なドキュメンタリーは決して他人事ではない。

昼は少し歩いて路地裏の食堂でとんかつ定食。ステンレス皿にのせられた薄めのとんかつにデミグラスソース。付け合わせのマカロニサラダにスパゲティという昭和の洋食スタイル。美味しい。

少し歩いてアップリンク京都へ移動しもう一本。コルム・バレード監督「コット、はじまりの夏」を観る。1981年夏、アイルランドの片田舎の物語。大家族と暮らす9歳のコット。彼女はうまく自分の感情を表すことができない。両親は喧嘩ばかり、姉たちには相手にされず、学校にも馴染めずにいる。母の出産に伴い、母のいとこであるアイリンとショーン夫婦のもとに預けられることになる。コットの汚れた姿を見て、アイリンは彼女をお風呂に入れ優しく丁寧に髪をとかす。心優しいアイリンによってコットは少しずつ変わっていく。最初はコットと距離を置いていたシェーンだったが、彼もまた愛情深く彼女と接する。コットはアイリンとシェーンによって生きる喜びを知る。また悲しい過去があるアイリンとシェーンもコットによって生きる喜びを思い出すのだ。コットの寒々としていた小さな心に、暖かな火が灯っていく。縮こまっていた身体が伸びやかになり表情が変わっていく。自分自身が愛されていい存在なのだと気づく。静かで小さくて優しい、とてもいい映画だった。コットの未来は決して明るいだけのものではないだろうが、この夏の日々がある限り彼女はきっと生きていける。いやー、お父さんはこういう映画に弱いのだよ。

行き帰りに聴いてたのは「爆笑問題カーボーイ」。対談したウディアレンとの話をたっぷりと。MeToo問題でハリウッドを追われたウディアレンとミア・ファローとの泥沼についてもかなり詳しく話しつつ、そのモヤモヤぶりも余すことなく。僕も双方の発言を調べたり本を読んだりしたが、泥沼過ぎてもはや理解が追い付かないという太田さんに同意だなー。

2024/1/28

8時起床。妻と買い物に行って午後の映画劇場はNETFLIXでホ・ミョンヘン監督「バッドランド・ハンターズ」観る。大災害によって荒野となったソウル。「コンクリートユートピア」と同じ世界の数年後の物語。生き残った人々はたくましく生きているが、一人のマッドサイエンティストを頂点とする軍隊組織が唯一残ったアパートを拠点に人々を支配しようとしている。ある日、少女が彼らに連れ去られたことで一人のハンターが立ち上がる・その男は、マ・ドンソク!ということでジャンルはマ・ドンソク映画。オープニングシーンから巨大ワニをぶった切るマ・ドンソク!巨悪を剛腕で張り倒す心優しく力持ち、安心安全なマ・ドンソク劇場。これでいいのか?いや、いいんです!マ・ドンソク映画なんだから。

夜はTVerで1981年の山田太一脚本ドラマ「想い出づくり」を。古手川祐子、田中裕子、森昌子、それにシッ!バッ!タッ!恭兵。さすがにみんな若い。にしても田中裕子のなんとも魅力的なことか。小学生の頃、CMで彼女を見るたびにポーッとしていたことを思い出す。あの目がなんとも、その…。しかし今の俺の年齢は、このドラマと照らし合わせれば児玉清前田武彦、そして佐藤慶の年齢!昭和の親父の落ち着きぶりよ。

指名手配写真の爽やかな笑顔でお馴染み、桐島逮捕。新聞で報じられたその暮らしぶりに「PERFECT DAYS」を想起する。トイレ掃除を終え走り去る役所広司。カメラがそのトイレの壁に貼られたポスターに近づくと、そこには指名手配犯の文字とともに若き日の役所広司の写真が!ってなもう一つのラストシーンを妄想する。

2024/1/29

午後から仕事で大阪へ。ランチのタイミングをまたもや逃し、結局3時過ぎにサブウェイへ。毎度ながら巧く注文ができずどぎまぎしてしまう。最適解がわからない。

2024/1/31

配信で「水道橋博士 VS 東野幸治 with 吉田豪 vol.2」。関西芸人スキャンダル列伝の第二弾。まさに吉本の大スキャンダル勃発中、ダウンタウン一派の左大臣でありながら火中に自ら飛び込む東野幸治の男意気。でしょっぱなから忖度、NG無しで飛ばしまくる。TVのど真ん中、第一芸能界で活躍しつつ、第二芸能界、アンダーグランドなライブに独り身でやってくるかっこよさ。「のりお・よしおTシャツ」をその場で着込み、あくまでフラットに語りつくす。やっぱりこの人は人への興味が強いんだなー。人の心がない、白い悪魔とさえ言われつつ、映画にドラマ、本だけじゃなく、山登りをしたかと思えば様々な芸人たちに会い、話を聴き面白がる。常に世界に対して門戸を開けているのだ。そんな第一線の人間観察者にして人間研究家。博士そして吉田豪と共鳴するのは当然。でトークライブは予定の芸人不祥事関東編に辿り着く前にすでに2時間。どれだけ濃い話が繰り広げられたかということがわかるだろう。ついつい深追い、深堀りする博士に対して、これ以上いけばダラダラと行ってしまう手前でスパッと切り上げたその嗅覚とバランス。現役中の現役、テレビの覇者の手腕を観た。

twitcasting.tv

 

 

さて、ちょっと多忙と言うか、いろいろありまして、しばし日記更新はお休み。とはいえ数週間で復活できると思いますが。では、また。

 

2024年1月20日~26日の話。

2024/1/20

6時半起床。7時には家を出て雨の中イベント仕事へ。体調不良の同僚に変わり急遽出動。屋内ではあったがドア開けっぱなし状態で寒いのなんの。午後には終了。会社に戻り後片付けして3時前にやっと昼ごはんにありつける。ココイチでカツカレー。美味しい。ネットカフェに寄って食後のコーヒー飲みつつ文春などチェックしてから帰宅。急いで日記を書く。簡単なメモ書き程度書いといて土曜に仕上げるというパターンなのだが、やっぱり毎日ちゃんと書かないと零れ落ちるものがあるな。例えば先週で言えば西川のりお師匠のラジオとか。

2024/1/21

いつもは土曜日は一人で映画館、日曜日は妻と過ごすようにしているのだが昨日急遽仕事になったので、今日は朝から映画観に行く。

MOVIX京都でウディ・アレン監督「サン・セバスチャンへ、ようこそ」を観る。映画広報の仕事をする妻・スーとともにサン・セバスチャン映画祭にやってきたリフキン。かっては大学で映画を教え、今は小説の執筆に取り組んでいる。妻とフランス人映画監督の仲に嫉妬しつつ、出会った女医のジョーに恋をして…ってなウディ・アレン丸出しの映画。90近くになって、まだ色恋沙汰やってんのかという気もするし、そこがいいんじゃないという気もする。傑作小説をものにするぞと言いながら結果何もしてないリフキン。妻への嫉妬も、女医との恋も完全なひとり相撲。時にぼんやりと映画の世界に入り込みそこから出られない。サブカルおやじの末路を観ているようで辛い…。サン・セバスチャンの美しい風景と軽くて俗で枯れているというウディ・アレンのスケッチ映画。ハリウッドを追われ、ヨーロッパに流れ着いても何事もなかったかのように撮り続ける。もはや面白いとかどうとか関係なく日記を書くように映画を撮ってる。

映画館横のラーメン屋で昼食。半券提示でチャーシュー麵にっつーことで。ラーメン食べたいなぁとずっと思ってたんだけどいざ食べたらちょっと胃にもたれる。ですぐにまた映画館に戻ってもう一本。

山下敦弘監督「カラオケ行こ!」を観る。合唱部部長の中学生・聡実はどうしても歌がうまくなりたいヤクザの狂児に半ば強引に歌唱指導を頼まれる。いやいやながらもカラオケBOXでレッスンを繰り返す中で二人には奇妙な友情が芽生える…ってなコミック原作だけにマンガみたいなお話。橋本じゅんチャンス大城が演じるヤクザの面々の歌に聡実がアドバイスしていくシーンなどはベタながらも楽しい。桑名正博の歌を桑名正博そっくりの癖強こぶしで歌いダメ出しされるとこは笑った。あと聡実の合唱部での学園生活を描くパートが良い。特に部長に憧れつつアンビバレンスな感情を爆発させる後輩の和田君と、そんな和田君をお守する副部長の中川さんがいい味出してる。キラキラはしてないけど瑞々しい学園生活の一端。狂児との関係性よりむしろこちらの方に惹かれたな。

夜は妻の実家へ。お肉があるからということで義母、義兄夫婦と夕食。美味しい近江牛を頂く。ただし「焼き肉のたれ」はないから、醤油orソースor塩コショウで!というストロングスタイル。塩コショウだけで十分美味しかったからいいんだけど。

2024/1/22

仕事が立て込みハードな一日。もはや記憶がない。

夜はぼんやりYouTubeでウディアレン×太田光のミニ対談など。

2024/1/23

今日もなかなかに忙しかった。夜は部屋でコーヒーを飲みつつ、カーネーションの40周年記念本「カーネーションの偉大なる40年」と「72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶」をパラパラと。ムーンライダーズカーネーション。10代の頃から聴いている二つのバンド、50代になった今でも最高の新作が聴けてこうして関連本が刊行され読める幸せ。よくぞこの二つのバンドのファンになったもんだ、偉いぞ10代の俺。

2024/1/24

寒い。営業車に雪がちらちらと。しかし長く営業仕事をしていると、まぁ営業トークが滑らかで流暢になってくる。「いやぁ寒くなりましたねぇ、雪がちらついてますよぉ」なんて天気の話から入って、テープレコーダーを押したみたいにすらすらすらっと営業トークに展開。「ぜひご検討をお願いします!」なんてことを言って出されたお茶をすする。にこやかに頭を下げ、営業車に乗り込む。エンジンをかけると真顔になり酷く落ち込む。別に人と喋るのは苦にならないし、売れれば嬉しい。でもなぜかビジネスシューズの靴底みたいに心がすり減る。

おっといかんいかん。こういうことを書くからいつまでも中二病を引きずってると言われる。

2024/1/25

この冬一番の寒さ。雪もうっすら積もっている。北部は50cm以上も積もってるとか。通勤もすべらないように気を付けて歩く。もはやこの年になると転倒は命取りになりかねない。

夜は「博士と町山」YouTube生配信。ゲストは青柳拓監督。まだ30歳の若きドキュメンタリー監督。話を聞くだけで青柳監督の世界を観る眼差しの優しさやまっすぐさがわかる。残念ながら映画未見なので新作はぜひ劇場で観たい。監督の話を聴いていると自分がいかに頭でっかちで冷ややかに捻くれて世界を観てしまっているかがわかる。内的宇宙に囚われ小さな自己完結を繰り返す、ひとり相撲の幕下力士。自分は何も知らない、何もわかっていない、腐れサブカル親父に過ぎないとちょっと落ち込む。

2024/1/26

今週はハードだったので代休消化で午後は休みに。3月末までに取り切らないといけない代休が溜まりまくっている。まぁ毎年消化しきれないでいるけど。吉野家で牛すき鍋膳の昼食。これでもう十分満足できる。美味しい。

でユナイテッドシネマで映画を一本。ヨルゴス・ランティモス監督「哀れなるものたち」を観る。橋から身投げする身重の女性。天才外科医ゴッドウィンは死んだ彼女の体に胎児の脳みそを移植し蘇生させる。身体は大人、頭は赤ちゃん、ベラと名付けられた彼女はゴッドウィンの庇護の下、日に日に成長していく。だが籠の鳥のように邸宅に閉じ込められ外の世界を知らない。ある日やってきた遊び人の弁護士ダンカンに誘惑されベラは彼といっしょに冒険の旅に出る。数々の性と生の冒険を体験し学び成長していくベラの姿をキッチュでストレンジ、そしてダイナミックに描く。最初に言っちゃうと大傑作!素晴らしかった!常識や偏見の外側にいて人間の本質を自らの経験で学び取っていくベラ。身体的な喜びの行為であった性行為が時に経済を生み、愛憎や支配関係を生む。娼館で働きながら哲学を学び社会の構造、その不均衡さに気付く。彼女を取り巻く男たちは彼女を独占しその身体を支配しようとする。だが、彼女は自らの知見と力によって奔放に軽々と男たちを飛び越えていく。男たちに踏みにじられ身を投げた一人の女性は、生まれ変わり、冒険を通じて学び、成長し「自分の体は、自分のものだ!」と高らかに宣言する。

彼女を取り巻く男たちがどうなっていくかも見ものだ。ベラを生み出したゴッドウィンは最初は彼女を自分の所有物として支配しようとしたが、彼女に愛情を注ぎ成長する過程を観る中で自身もまた学び成長し彼女を解き放つ。ゴッドウィンの助手マックスはベラの成長を記録していくうちに彼女に恋してしまう。だが彼女を想い、彼女の自由を見守ることにする。遊び人のダンカンは優位者としてベラに接し弄び支配するも、学び成長した彼女にあっさり捨てられ泣いて叫んですがりつく。ベラが生まれ変わる前を知るサディスティックな男・アルフィーは暴力で彼女を支配しようとする。ラストそれぞれの男たちが迎える結末。男たちは刮目せよ!

で撮影はもちろん美術も衣装も音楽がまたもう最高!どこか不気味で歪、だけど同時にとびきり美しい。そして本作のプロデューサーでもある主演のエマ・ストーンが凄すぎた。ここまでやってのけるのかと驚いた。身体性を伴った超絶的な演技。まさに演じる技の凄味を見せつけられた。マーゴット・ロビーは「バービー」を作り、エマ・ストーンは今作を作った。どちらも素晴らしい。マッチョな男性性を振りかざすダンカンを演じるマーク・ラファロも絶品。落ちぶれ具合がとにかく最高。

こういう映画を観ると、本当に映画って面白いなーと思う。これぞ総合芸術。アート映画でありながら難しくなくて学びがある。何度も言うけど素晴らしかった!

そうそう、もしこれを日本でリメイクするなら、ダンカン役を松本人志に、ドSのクソ野郎アルフィー役を長渕剛に演じさせたい。自分たちに何が足りないかを学ぶべき。

夜は宮藤官九郎の新作ドラマ「不適切にもほどがある!」を観る。1986年から2024年へ。クドカン、主演の阿部サダヲと同じ1970年生まれなので、阿部サダヲ高田文夫先生張りに速射砲のように繰り出す言葉の意味がくっきりはっきり分かる。大注目の河合優実に信頼と実績の磯村勇斗なのでそこも今後楽しみ。アップデートを繰り返しているクドカンなので単なる「昭和は良かった、コンプラくそくらえ」で終わるはずないのでこの先どうなるかに期待。

2024年1月13日~19日の話。

2024/1/13

朝から日記を少し書いて、ユナイテッドシネマでヴィム・ヴェンダース監督「PERFECT DAYS」を観る。主人公はトイレ清掃員の平山。毎朝決まった時間に目覚め、植物に水をやり、身支度をして家を出る。缶コーヒー(BOSS)を一本買って車に乗り込む、お気に入りのカセットテープをカーステレオにセットし音楽を聴く。熱心に丁寧に仕事に打ち込む、昼はコンビニで買ったサンドイッチと牛乳。ポケットに忍ばせたフィルムカメラで木漏れ日を撮る。仕事が終わると銭湯で汗を流し、行きつけの居酒屋で晩酌。そして夜は文庫本を読んでから眠る。そんな彼の暮らしぶり、そこに起こるちょっとした出来事をカメラは静かに捉える。清貧とでも言うような彼の慎ましやかな生活。孤独なように見えて、行きつけの古本屋や居酒屋の店員たちは言葉をかけてくれる。彼は決して仕方なく今の生活に甘んじてるわけではない。それは彼の選択である。自由で気高い生き方を彼は選択しそこにいるのだ。

彼が掃除するトイレは東京渋谷のオシャレトイレ。決してち〇この落書きだらけでウ〇コがはみ出したトイレではない。彼が暮らすのはボロアパートではあるが、一人暮らすには十分な広さがあり仕事にも使う車を所有している。昼はコンビニ、夜は居酒屋、毎日銭湯通い。うざい後輩はいるものの何となく憎めない奴で振舞わされつつも適度な距離感。後輩の彼女は平山のかける70年代の音楽に惹かれ、借りたカセットテープのお礼に頬にキスをしてくれる。家出してきた姪っ子は無条件に慕ってくれている。…あれ、なんか皮肉めいた文章になっちゃった。実は彼の暮らしは、日々を情報や経済に追われ、煩悩に惑わされて暮らす我々の理想である。夢のような暮らし。ファンタジーなのだ。正直、観ている間うらやましいなぁと思っちゃったよ。寡黙で誠実な役所広司演じる平山。こんな風に生きられたらいいんだけどねぇ…。

映画が終わりエンドクレジット。企画・プロデュースは柳井康治氏。世界有数の大富豪、ユニクロ柳井正氏の息子で同社の取締役。大富豪が描く清貧…嫌味かっ!

役所広司の演技はそりゃもう絶品。清い心で観れば本当に日々が愛おしくなるすばらしい映画である。だが俺の中のひねくれ者が、映画の裏に見え隠れする傲慢さにモヤモヤとしてしまう。どうもすいません。

一旦家に帰って、インスタントラーメンの昼食。コンビニのサンドイッチは高いので買わない。でまた少し日記を書く。

で再びユナイテッドシネマへ。ジェームズ・ワン監督「アクアマン 失われた王国」を観る。ジェイソン・モモア演じるワイルドで陽気なアトランティスの王・アクアマン。前作では敵役だった異父兄弟の弟・オームとバディを組んで大暴れ。マリオブラザーズみたいなアクション活劇。兄弟喧嘩しながら様々な困難を乗り越え、絆を深めていく二人。ド派手で豪快なアクションにギャグを盛り込みお祭り騒ぎな大エンタメ。あー楽しかった!だけが残る陽気なDC映画の集大成。

夜、YouTube「博士と町山」生配信。今回は早坂伸さん、睡蓮みどりさん、加賀賢三さんを迎えて「性被害」をテーマに。そして過去博士さんや町山さんが行った松江哲明監督擁護や園子温監督へのエールがなぜ問題だったのかを掘り下げ、公開での謝罪が行われた。背筋の伸びるシビアな内容。ただ自分自身も無自覚であり無知であったことがよく分かった。「被害者に寄り添う」と言葉ではわかっていても、そのために何をすべきか、何をしてはいけないか。そう考えると、「松本人志問題」で語られている言葉たちになんと暴力的な二次加害が多いかを痛感する。それにしても自らのYouTubeでここまで自分自身にとって居心地の悪い場を作って向き合って見せた二人の覚悟。そしてそれ以上にゲストのお三方が今までどれだけ晒され、傷つき、心を踏みにじられてきたかを想う。

2024/1/14

サンジャポ」と「ワイドナショー」をザッピング。語ってるようで何も語らずそろりそろりと地雷を避けるワイドナ。週刊誌に乗っかって聴取率稼ぎしてるのに的外れな週刊誌批判。なんだかなー。「サンジャポ」はこの前の「爆笑問題カーボーイ」で語っていた内容をより丁寧に語った感じ。全方位に気を配る太田さん。いつも考えすぎて言葉足らずになっちゃうのだが、太田さんは根底に人間愛があるから好きなんだよね。

妻と買い物行って、昼は焼きそば。麺は具と別に、最初にしっかり焼くスタイル。最後に具とソースと和える。もはやこの作り方でしか食べない。

アマプラで映画を一本。ヨンス監督「パーフェクト・バディ 最後の約束」観る。暴行事件で逮捕されたチンピラのヨンギ。、裁判で社会奉仕活動を命じられ、事故により右手以外の四肢が麻痺し、余命わずかの法律事務所の代表・ジャンスの介助をすることに。真反対の二人だがやがて絆を深めていく…元ネタはフランス、アメリカで映画化された「最強の二人」。さらに韓国ノワール的な要素やそれぞれのバックボーンをがっつり盛り込み中身がぎゅうぎゅうに詰まった作品に。チョ・ジヌンとソル・ギョングという名優二人の共演なんでそこはもう安定に次ぐ安定。ただいかんせん詰め込み過ぎでシナリオに追われてる感があったかな。

夜は先日の博士さんアル北郷さんらの北野映画イベント観て、辛抱たまらずTSUTAYAで借りてきた北野武監督「その男、凶暴につき」を観る。30数年ぶり3回目の鑑賞。もうずっとかっこいい!横の移動、前後の移動、ただ歩くビートたけしの痺れるようなかっこよさと色気。突発的で痛さが伝わる暴力描写、死と隣り合わせのユーモア、漂う無常。韓国ノワールの源流ではないのか。一作目にして映画の神様に愛されてるということがわかるなー。

2024/1/15

寒い。大島育宙松本人志関連動画などを観る。ここまで冷静に言語化できてしまう若い世代が出てきたんだなぁと思う。自分なんぞはもう感性も何もかもが古びてしまってると痛感する。しかしまぁ月曜はいつも疲れ切ってしまい10時過ぎには寝る。

2024/1/16

本日は北野武監督「3-4X10月」を観る。こちらも30数年ぶりの鑑賞。何となく難解な映画だったなーと言う印象が残っているのだが、いやいやめちゃくちゃ面白いし、むしろわかりやすい。大胆なジャンプカットと、普通なら切ってしまうとこを延々映し続ける長回しが独特のリズムと笑いを生み出す。柳ユーレイの「透明感」、ガダルカダル・タカの「本物感」そしてダンカン。裏主役と言わざるを得ないダンカンの活躍ぶり。表情、動き、歌!どこをとっても面白い。また巻き込まれつつもとぼけて愛情深いなんともいい役なんだ。こんなに面白かったの!?とすっかり昔観た時の印象が覆ったなぁ。ま、確かに女性の扱いの酷さは今見るとちょっと引くものがあるが、若き石田ゆり子さんの溌溂さが救い。ぜひ改めてご覧いただきたい傑作ですな。

2024/1/17

マキタスポーツさんの配信マンスリーマキタ。松本人志焼肉屋論。肉の切り分け方を変え細分化することで価値を高めていった焼肉屋=笑いを「大喜利」や「すべらない話」というように細分化することで価値を高めていった松本人志という話、面白い。

水曜日のダウンタウン」。テレビの松本人志もそろそろ見納めか。

2024/1/18

最近はTVよりTVerを観ることの方が多いな。「M-1アナザーストーリー」令和ロマンとヤーレンズ、時々トムブラウン。「霜降り80's」はゲストに早見優松本伊代。82年組話は大好物。しっかりものの早見優、すっとぼけた松本伊代のコンビがまた楽し。デビュー当時の二人は顔がよく似てたんだよね。久々に聴いた早見優のデビュー曲「急いで初恋」最高だなー。

Voicyで「アル北郷の朝礼ラジオ」を聴くのが完全に日課になった。北野映画と私シリーズが本当に面白くて、北野映画全部見返したくなる。手塚治虫のドキュメンタリーで「アイデアは売るほどある。アイデアだけは全く尽きない」という旨の話をしていたのがとても印象的だったんだが、北野監督もまさにそうなんだな。そしてそのアイデアの源泉は絶え間ないインプットと学びにある。

そして今日は天才、たけしの誕生日。77歳。母親と同学年。いやはやかっこ良すぎるよ。人生何度目かのビートたけし北野武ブームが到来中。ということでメモ帳にスケッチした下手なファンアートを。

2024/1/19

会議で久しぶりに神戸まで。凡そ2時間の長旅だが、たまには。本当は会議の後は直帰にしてゆっくりと思ってたのだが、会社に戻らなければならなくなり1時間ばかりの会議の後、ルミナリエを横目にまた2時間かけてとんぼ返り。ま、おかげで「蛤御門のヘン」(プロレス浪漫回相変わらず濃いなー)、水道橋博士ゲスト回のNHK高橋源一郎飛ぶ教室」(時間短すぎる!もっと二人の会話聴きたい!)などゆっくり聴けたけど。

2024年1月6日~12日の話。

2024/1/6

朝のうちに日記を書いてから京都まで出る。まずは腹ごしらえ。バーガーキングでスモーキーBBQワッパーのセット。これが美味しくて年末から食べたいと思ってたので大満足。バーガーキングは肉が香ばしく焼かれていて野菜もたっぷりで食べ応えあり。アプリのクーポンを使えばかなり安く食べられるしでここんとこすっかりファンに。

映画まで少し時間があったので丸善で本を物色。地元のT書店はベストセラー本ばかりの品揃えで本屋好きとしてはかなり辛いのだが、さすが丸善さんはいい本屋だな。でムーンライダーズ鈴木慶一さんのインタビュー本、宗像明将「72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶」購入。こういう本がT書店には売ってないんだよなー。

でMOVIX京都にてオム・テファ監督「コンクリートユートピア」を観る。大災害により一瞬にして街は崩壊、唯一残ったのは一棟のアパート。家を失った人々がアパートに押し寄せる中、アパートの住民たちは自警団を結成する。リーダーに指名されたのは職業不明の冴えない男、ヨンタク。防犯隊長に任命されたのは役所勤めで妻を愛する優しい男、ミンソク。彼ら自警団はアパートの住民たちを守るため、生き残るために、部外者をアパートから追い出し、食料などを探しに街を探索する。やがて住民たちの間にヒエラルキーが生まれ、絶対的な権力を手にしたヨンタクは徐々に狂気を浮き上がらせていく。心優しきミンソクまでも極限状態の中でヨンタクに傾倒していく。社会が崩壊した後に、再構築されていく秩序。富み、強いものが力を持ち、持たざる者を支配していく。「火事場泥棒を殺せ」と行動するヨンタクだが、そこには裏があった。彼こそが混乱のどさくさで権力を手にした火事場泥棒なのだ。地獄の先の地獄。暴走した正義が善意を踏み潰していく様が描かれていく。いやぁ唸った。今、震災の起こった真っただ中で起こっていることと重なっていく。ここで描かれる地獄は、今「X」上で起こっている地獄とそっくりだ。デマが飛び交いヘイトに乗っかったいかれた正義が善意を叩く。地獄の先に待ち受けるのはさらなる地獄なのだ。

ヨンタクを演じるのはイ・ビョンホン!韓国を代表するイケメンにして名優。情けなく胡散臭い男から狂気を宿しいかれたリーダーとなっていく様を見事に演じている。俺と同い年の大スター、イ・ビョンホンに外れ無し!ミンソクを演じるはイ・ビョンホンに続いてハリウッドにも進出した次世代の大スター、パク・ソジュン。妻を愛する心優しき男が狂った正義に心をのっとられていく。ミンソクの妻を演じるのはパク・ボヨン。善意と正気を失わずにいる彼女の存在が地獄の中の唯一の光となり希望に繋がっていく。

ということで時期的に辛い映像もあるが、人間の怖さを捉えた傑作であった。

アップリンク京都まで移動してもう一本。滝本憲吾監督「笑いのカイブツ」を観る。大喜利番組でレジェンドの称号を得、深夜ラジオのハガキ職人からフックアップされ構成作家に。ツチヤタカユキによる自伝小説を映画化。ただただ笑いに憑りつかれた男の激しくも不器用に過ぎる生き様が描かれる。あまりに「笑い」だけを追い求めるが故、「人間関係不得意」で関係を壊し、恩を仇で返してしまう主人公。狂気の側に引っ張られ「笑い」だけで生きる激しさは共感すら拒絶する。だけどその激しさに目が離せなくなる。主演の岡山天音が素晴らしい。笑いという地獄の底から世を睨みつける目が良い。熱く痛い青春映画の良作!あと映画上で仲野太賀、板橋駿谷によって演じられる漫才がちゃんとおもしろい。漫才指導は令和ロマンだとか。

2024/1/7

朝から買い物へ行ってうどんの昼食。乾燥小豆があったのでなんとなくあんこを作る。父や祖母は甘いもの好きだったので母はよく家であんこを作ってくれた。おはぎにしたり善哉にしたり、父はよくあんトーストにして食べてたな。完全にその血を受け継ぎ僕も甘いものに目がない。特にあんこが大好きで、最後の晩餐は何がいい?との問いにはおはぎ(冬場は善哉)と答えるほどだ。で餅を温めあんころ餅にして食べる。美味しい。

アマプラで公開時に見逃していたジェラード・ジョンストン監督「M3GAN/ミーガン」を観る。交通事故で両親を亡くした9歳の姪ケイディを引き取ることになったジェマ。AIの研究者である彼女は開発途中のAI人形「M3GAN(ミーガン)」に「ケイディを守るように」と指示しケイディに与えることに。やがてケイディはAI人形であるミーガンに依存、そしてミーガンはケイディを守るために暴走していくってな話。もはやスマホを手放せなくなってしまった現代人、自分に合ったサービスを提供してくれるスマホに依存しやがて現実の世界よりものめり込んでしまう恐怖。娘が高校生になった時にスマホを与えたのだが、日がな一日スマホを手にしてる娘に手を焼いた。自分の好みによって形成されていくAI人形は誰よりも自分のことをわかってくれる。それは錯覚なのだが、その心地よさを味わってしまうと後戻りができない。そんな恐怖をベースにさらにミーガンは守護神として暴走していく。ま、最終的には笑っちゃうレベルまでやり過ぎちゃって、ホラーとコメディの紙一重ぶりが面白い。最新型のB級ムービー。

夜、配信アーカイブ水道橋博士×モルモット吉田×アル北郷with篠崎誠監督による北野映画語り「アフタークリスマス!! Mr.TAKESHI監督!!」視聴。「首」の構想ノートから「VS桑田佳祐」、そして「その男、凶暴につき」最初期から紆余曲折ありまくっての奇跡的な着地までの秘話に次ぐ秘話には驚いた。北野武監督、主演に落ち着くまでに松本人志主演構想まであったとは。それにしても出演者皆のたけし愛が凄い。まさに男が惚れる男、「殿、かっこいい!」が溢れまくっていて、それは観ているこちらにも伝播する。

2024/1/8

今日は1日家の中。TVerで見損ねていた番組などを色々見たり、鈴木慶一本「72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶」を読み進めたり、うとうとと昼寝したり。

アマプラで映画を一本。ユン・ジェグン監督「スピリットウォーカー」観る。交通事故の現場で目覚めた男。すべての記憶を失い、自分が誰だかわからない。鏡の中の自分の顔すらしっくりとこない。そして再び気を失い目を覚ますとまた見知らぬ場所。鏡に映る自分はまた違う顔になっていた。彼は12時間ごとに別人に入れ替わっていることに気付く。本当の自分は誰なのか、巨大な陰謀に巻き込まれながら彼はその謎を追いかける。いやはやよくまぁこんな荒唐無稽な話を思いつく。魂の自分と肉体の自分。主人公を演じるのはユン・ゲサン。構造上、一人の人物をユン・ゲサンと乗り移った先の人物を演じる俳優の二人が演じ、それが入れ替わっていくという複雑さなのだが、巧みな演出と見せ方で混乱を防ぎ、一つの魂が幾人かの肉体に乗り移っていくという仕掛けを見事に表現していた。複雑に張り巡らされた謎が一本の線となり収拾していくストーリーも面白い。すでにハリウッドリメイクも決定だとか。アイデアがいいやね。

2024/1/9

先日の北野映画語りがあまりに面白かったので、voicyアプリをDLして「アル北郷の朝礼ラジオ」を聴き始める。一映画ファンとして観てきた北野映画について、そして弟子入りし殿の付き人として至近距離から観てきた北野映画について1作ごとに語っていく。北郷さんは1歳違いの同年代なので、聴いているとその時代の空気や自分のいた場所なんかがふいに思い出される。通勤のお供にちょうどいいな。

2024/1/10

勉強不足で知らなかったのだけど、タイタン所属の若い芸人さんでありながら切れ味鋭い論客としてドラマ語りや映画語りでも大人気だという大島育宙と言う人の「松本人志大日本人論」を聴く。松本人志の「大きさ」への執着。なるほど、おもしろい。映画「大日本人」は2007年6月5日(こういう時、日記を残してると便利)に観た。その時の第一印象は映画、巧いな!で以降の作品い期待を寄せている。

popholic.hatenablog.com

だがその後松本人志映画は尻すぼみになっていく。でそれと反比例するようにマッチョ化しテレビ、芸能の世界でさらに権威を巨大化させていく。

水曜日のダウンタウン」観る。自分の中で松本人志の存在がノイズになっている。

2024/1/11

TVerで「世界仰天ニュース~赤木ファイル」を観る。つくづく酷い話で今もまだ現在進行形で続いている酷い話だ。こうしてTVで取り上げることができるようになったのは一歩前進だが、まだまだ足りない。どんな悪いことをしても政治家は法で裁かれることがない。そんなクソみたいな国に今この国は成り下がっている。まだまだまだまだ足りないのだ。僕たちはもっともっと政権の不正に対して怒らなきゃいけない。本当に国を愛するのならば。

2024/1/12

夜、配信アーカイブ水道橋博士×モルモット吉田×アル北郷with篠崎誠監督「北野映画を語ろうVol.2」を観る。90年代の北野映画について、「3-4x10月」「あの夏、いちばん静かな海」「ソナチネ」「みんな~やってるか」から「キッズリターン」へ。助監督などで現場を観てきた篠崎監督による「ソナチネ」のラストシーンについてなど今回も見応えたっぷり。そして「キッズリターン」まさに北野武そのものの物語で、なぜこの映画がこんなにも胸を打つのかがわかる。出演者の一人であるお宮の松さんからの長い手紙。「ビートたけしの優しい夜」に貫かれたエピソードの数々。博士さん、北郷さんの涙に思わずもらい泣き。

「強きを助け、弱きを憎む」とはタケちゃんマンの歌の一節だが、実際の北野武は真逆で常に強きを憎み弱きを助ける人だ。何度も何度も倒れながら常に砂を掴んで立ち上がる。テレビで天下を取った後もそこで権威を巨大化させるわけではなく、より大きな世界で学び実践し、より巨大な権威に挑んでいく。より上の、より強い方を睨みつけそこに挑んでいくのだ。その一方で彼には自分を慕う者たち、弱き者たちへの優しい眼差しが常にある。

映画に挑んだものの学ぶことなく撤退した松本人志は自分自身が強い者でいられる場所でより力を強大にしていった。

博士さんが以前に書かれていた松本人志と自分を比べビートたけしが呟いた言葉

「でもな、俺の方がより凶暴で、俺の方がよりやさしい」

くーっ!殿、かっこいい!

2023年12月30日~2024年1月5日の話。

2023/12/30

朝から妻と妻の実家へ。毎年恒例の餅つき。もちろん機械でつくんだけどこうして家で餅をつくところももう少ないんだろうな。義母と義姉夫婦とお喋りしながら皆で餅を丸める。出来立ての餅で善哉。餅は柔らかく、善哉の甘さがたまらなく美味しい。

そして猫のチビ太を火葬場へ。今にも起きだしてきそうな顔をしている。お花をいっぱい入れて、最後のお別れ。寂しくなるな。

帰宅し一休み。下世話好奇心が収まらず散歩がてらネットカフェに行って「文春」チェック。「もし本当ならば」と一応つけておくが、完全に「松本、アウトー」な内容。捏造と言うにはあまりに詳細でリアリティのある告白。自分は中学時代からダウンタウンを観てきた。それこそ中島らも司会の「なげやり倶楽部」でミニコントやってた頃から「4時ですよーだ」「夢で逢えたら」「ごっつええ感じ」と天下を取っていく様をずっと大笑いしながら見ていたし、「ビジュアルバム」はVHSで購入、著作も数冊持っているし、映画もすべて劇場で観ている。「水曜日のダウンタウン」「ガキの使い」は今も毎週欠かさず観ている程度にはファンである。だから昔のコントを持ち出してきて、酷い!面白くない!とは切り捨てられない。それでも、というかだからこそ、松っちゃん、寒いし、すべってるし、ダサすぎるよと思う。やり口がとにかく狡猾で、卑怯で、クソ最低なんだもの。で本当に違うというなら正々堂々と真正面から反論したらいい。ここまで具体的で詳細な記事なのだから、具体的に詳細に反論すべきだろう。ただぼんやり否定して裁判ちらつかせて逃げ切ろうなんて笑えないよ。

そういえば誕生日。スーパーで2個328円のショートケーキを買って帰る。ハッピーバースディ、俺。ま、別にめでたくもないのだけれど。

2023/12/31

朝から買い物へ行って、妻とインドカレーの昼食。インドカレーに外れ無し。ナンがでかいとそれだけでテンション上がる。

帰宅しアマプラで映画を一本。キム・チャンジュ監督「ハード・ヒット-発信制限-」を観る。エリート銀行マンのソンギュ。二人の子供を乗せ、車を走らせたところかかってきた一本の非通知電話。久里間には爆弾が仕掛けられており、起爆装置は座席で立ち上がれば爆発するという。絶体絶命の極限状態で犯人からの指示に翻弄されるのだった。名脇役チョ・ウジンの初主演作。仕事一筋の冷淡な男が、極限状態で家族を守ろうと奮闘、だが犯人の目的が分かった時、彼は自分自身が犯してきた罪を知ることになる。主人公はずっと車の運転席に座ったままという縛りがありながらカーアクション、サスペンス、人間ドラマと様々な要素を盛り込み、チョ・ウジンの巧みな演技で物語が転がっていく。小品ながらそれでもこのクオリティが当たり前に出せるんだと韓国映画の地肩の強さを思い知る。

YouTube水道橋博士さんと町山智浩さんの生配信「博士と町山 大晦日SP対談」を。いやーこれはすごかった。町山さんが語る現在のテレビ局の状況などは、同じメディアで働く者としてめちゃくちゃ身につまされる。はっきり言ってその通りなのです。でも企業が生き残っていくためにはそうまでして稼がなきゃならないのも事実。そうして稼いで、人を楽しませるコンテンツを作ろうと努力してるんだもの。なかなかにもどかしいね。でもちろん話題は例の「文春砲」へ。ここで沈黙しないのが博士さんと町山さんなのだ。メディアではすでにアンタッチャブルな話題になっている。その時点でもう問題なのだが、ここでは忖度無しに突っ切る。

蕎麦の夕食を食べつつ紅白観る。伊藤蘭とNewJeansが良かったなー。あと星野源はやっぱり素晴らしいな。楽曲のクオリティが頭一つ抜けている。YOASOBIの豪華なステージも楽しかった。しかし韓国のアーティストに日本語バージョン歌わせるのはもう止めにしたらいい。これはもう10年以上前から言っていることだけど、K-POPファンで日本語バージョン求めてる人いないから。サブスクの時代に日本デビューなんて何の意味もない。

2024/1/1

7時起床。「爆笑ヒットパレード」観ながら雑煮の朝食。お餅は2個。雑煮も大好き。正月以外にも食べたい。で妻、娘と実家へ。お墓参りもして、母手製のお節を頂きながらのんびり。夕飯のしゃぶしゃぶの準備してるところで地震。結構な揺れ。ここまでの揺れはあまりないことなので心配してるとTVから速報。天災に正月も何もないけれど、さすがにこのタイミングは…。ニュースを観ながら食事も、申し訳ないような気になってくる。

帰宅。寝る前になんとなくYouTubeで期間限定配信していた「トラック野郎・天下御免」を観て昭和にワープ。マドンナは由美かおるコンプライアンスと言う言葉を誰も知らなかった時代。どぎついセリフも多いが、むしろ今より女性たちが強く描かれている。桃次郎を飛行機投げするマッハ文朱、トラックを走らせる松原智恵子、自分の道を生きる由美かおる。下品かつ豪快なギャグの応酬に笑う。そのイズムは杉作J太郎さんに受け継がれている。

2024/1/2

朝から火葬場でチビ太の遺骨を受け取り、そのまま妻の実家へ。義姉夫婦に甥夫婦の子供が2人。義母にとっては曾孫にあたる、小学生と幼稚園の元気いっぱいの男の子。久しぶりに会ったがすっかり大きくなっている。まさに親戚の子とゴーヤは育つのが早い。子供たちがいると一気に賑やかになる。家の前でバドミントンしたりお正月らしく過ごす。子供は宝だな。

夜、NHKBSでドラマ「アイドル誕生 輝け昭和歌謡」観る。宇野祥平阿久悠を演じ「スター誕生」の立ち上げから昭和歌謡全盛期を、「スタ誕」出身でありながら阿久と交わることのなかった山口百恵、阿久が仕掛けたスーパーアイドル・ピンクレディの二組を対比させながら描く。阿久をライバルと見て独自の審美眼で数々のアイドルを生み出し、山口百恵を育てたソニーのプロデューサー・酒井政利がもう一人の主役。スマートで異端な酒井を演じる三浦誠己が素晴らしかった。強面で武骨な阿久とお互い認め合い意識しあいながらバチバチの関係性でお互いの「アイドル」をぶつけ合う。時代が過ぎ、穏やかに二人が邂逅するラスト。あとサザンオールスターズのデビューシングル「勝手にシンドバッド」を買い求め、レコードに針を落とすシーン。あえて入れる必要もないそんなシーンで阿久が新たな時代の到来を感じ歌謡曲の時代の終わりを予感するというのをさりげなく描いているのも良かった。

2024/1/3

朝から散歩。外は正月みたいな空。

遅ればせながらNetflixのドキュメンタリー「ジミー・サビル:人気司会者の別の顔」を観る。ジミー・サビルはラジオDJとしてキャリアをスタートさせ、奇抜なファッションに露悪的で個性的なキャラクターでTVの人気司会者に。慈善活動などを精力的に行い、サッチャー大統領やチャールズ皇太子などと深く交流しナイトの爵位まで受勲している。84歳で亡くなった時には国葬並みの葬儀が営まれた。しかし彼の死後、その裏の顔が明かされる。彼は多くの少年少女たちに長年に渡って性的虐待を繰り返していたのだ。自身が係る養護学校や病院、時にTV局でまでもが性暴力の舞台になっており、被害者の数は最終的に5歳から75歳までの400人以上にも及んだのだ。そして大きな問題は生前から噂はあったものの彼の地位の高さや権力との近さもあり否定され続け、いくつかの告発は握りつぶされてきたこと。イギリスの国営TV局BBCが隠蔽に加担していたのだ。全くひどい話なのだが、これと同じ構造なのがジャニーズ問題。ジミー・サビル事件の反省も踏まえ、ジャニーズ問題を取り上げ番組にしたのはBBC。メディアはもちろん政治家や警察関係までをも懐柔し隠蔽工作を行っていたことまでそっくりである。稀代の性犯罪者であるサビルやジャニーが死ぬまで逃げ通せたのも、事件を握りつぶした「共犯者」がいてこそなのだ。この事件の反省を「共犯者」たちはできるのか。「ダウンタウンDX」や「探偵ナイトスクープ」の番宣を観ながら、暗澹たる思いになる。

バカリズム脚本のドラマ「侵入者たちの晩餐」観る。数学的で巧妙な人の配置が素晴らしい。北野武映画もそうだが、誰が出て、誰が入って、誰と誰がどう関係していくのかという「人の出入りの巧みさ」って芸人兼脚本家の強みって感じがするなぁ。

2024/1/4

朝から免許更新。30分ほどの優良講習で終了。いったん帰宅し午後から仕事関係の年賀会に出席。ついでに会社に寄って一仕事。結局帰宅は夕方。

佐久間宣行のYouTube東野幸治と23年のエンタメを語る回を。いやはや二人とも凄い。映画やドラマ、TV、本に至るまでどんだけエンタメ乞食なのだ。ラストに東野さんのメモが映るんだが、その多様さに驚愕した。先日ラジオ「蛤御門のヘン」にサブカルおじさんとして出演させていただいたが、彼らに比べたら私なんぞひよっこひよっこ。ラジオでは高田文夫先生がいかに凄いかを喋ったがこの二人も相当だし、それこそ博士さんや爆笑太田さんなんかもいろんなものを観たり聴いたりしている。僕はエンタメが好きすぎて明らかに過剰摂取してる人が好きなんだな。ミュージシャンで言っても鈴木慶一さんや直枝政広さんは今も新しい音楽に触れ過剰摂取してる人だし、小西康陽さんが名画座で年間300本以上の映画を観てるなんて尊敬しちゃう。エンタメが好きって結局は人間に興味があるってことだと思う。人間が作り出すもの、その人間の想像力や創造力、そして人間そのものに対する知的好奇心と下世話好奇心。事件やスキャンダルも「なんなんだ!人間って?」という好奇心で見てるところある。

2024/1/5

会社は今日から仕事始め。挨拶回りなど一通りこなす。

spotifyで「町山智浩の映画特電」娘さんであるミーちゃんさんを招いての「オジサンのための74回紅白出場アイドル入門」聴く。NewJeansおじさんについて「キモイ」「サイレンがもう鳴っている」「逮捕案件」とばっさり。はい、ごもっともです。完全に我が事として反省。この年末年始もNewJeansの動画をひたすらチェック、特にMMAのパフォーマンスが最高過ぎて何度観たか。すいません。40でK-POPにはまり、早13年。少女時代おじさんからIUおじさん、さらにAPINKおじさん、Lovelyzおじさん、LOONAおじさん、そして辿り着いたNewJeansおじさん。これからは一切公言することなく、誰にも迷惑をかけないようにひっそりと応援したいと思います。

それにしてもX(旧Twitter)がいよいよ地獄の様相。デマやヘイトに溢れた荒廃した世界。様々な情報収集に欠かせないものになっているが、もはやそれを上回るしんどさがある。悪意の棘が突き刺さってしまう。

 

2023年に観た映画の話。

ということで2023年マイベスト映画は

①あしたの少女

②バービー

③福田村事件

④aftersun/アフターサン

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME3

⑥午前4時にパリの夜は明ける

⑦大いなる自由

⑧正欲

⑨窓ぎわのトットちゃん

⑩CLOSE/クロース

 

とこんな感じになりました。今年も様々な映画を観て、学ぶことも多かった。その中で1位として挙げたのはチョン・ジョリ監督「あしたの少女」。社会の歪み、そのしわ寄せが若い人たちを苦しめている。未来があるはずの若い人たちに対して、こんな酷い社会にしてしまったという罪の気持ち。これは僕も含めた大人の責任である。映画からそんな社会に対する怒り、そこに抵抗しなければという使命感が強く感じられた。自分も残り少ない人生、より良い未来を若い世代に残すためにできることがあるなら身を捧げたい。そんな気持ちもあり今年の1位に挙げた。

ではそれぞれの映画について、このブログ内に書いた観た時の感想を抜粋しつつご紹介

①チョン・ジュリ監督「あしたの少女」

学校から指定された大手企業のコールセンターで実習生として働き始めた高校生のソヒ。当初の話とは違い、厳しい労働環境の下で過酷な労働を強いられるソヒ。コールセンターで企業の矢面に立たされきつい言葉を顧客からは投げつけられる、成績を貼り出され上司からは激しい叱責を受け、成績が上がっても成果報酬は与えられない。両親も学校も現状を理解できず通り一遍の言葉を与えるだけ。勝ち気で前向きだったソヒは徐々に疲弊し追い詰められていく。そしてついにソヒの心は壊れてしまい自ら命を絶ってしまう。2017年に実際起こった事件をモチーフにした作品。映画の後半はペ・ドゥナ扮する刑事ユジンが彼女がなぜ自殺に至ったのかを捜査していく。そこに浮かび上がってくるのは極端な競争社会。会社も学校も労働庁も、社会の仕組みそのものが経済に飲み込まれ競争の原理で人々を壊していく。皺寄せは弱い者へ弱い者へと向かい、ついには10代の少女にまで及んだのだ。ユジンは怒りを爆発させる。だがその声はどこにも届かない。映画は憤りを抱えたままに終わる。それはこの問題が今もまだ続く現在進行形の問題だからだ。映画の原題は「NEXT SOHEE(次のソヒ)」。またソヒを見捨てるのか、それともソヒを守るのか。

ソヒを演じるのは新人キム・シウン。溌溂とダンスを踊るシーンから疲弊し打ちひしがれ、疲れ切った先で最後の一線を越えてしまう姿まで見事にソヒとして生きる。ペ・ドゥナ演じるユジンは彼女の無念さを想い、彼女をそこまで追い込んだ社会への怒り、憤りを心の奥から燃え上がらせる。それは監督はじめ制作陣の気持ちだろう。このことを多くの人に訴え世界を変えなくてはという使命感がこの映画を作らせたのだ。この問題は決して隣国だけの話ではない。今まさに我々も進んでいる道じゃないか。だからこそ目をそらさずにしかと観るべき映画だ。

グレタ・ガーウィグ監督「バービー」

最初に言うと、大傑作!素晴らしかった。いやはやバービー人形を題材によくも、まぁここまでの話にしたもんだ。主演のマーゴット・ロビーがプロデューサーを務め、監督・脚本がグレタ・ガーウィグと聞けば、単なるエンタメ作では終わらないだろうし、一筋縄ではいかない面白さがあるだろうとは思ったが、予想の遥か上を行く大エンタメ作にして、ジェンダー問題のみならず生きるとはという深いとこまで切り込んでいく強力な一本。ポップでキッチュなバービーランドのワクワクするような楽しさ。そこはバービーたち女性が取り仕切る世界でケンたち男はあくまでバービーの添え物。現実社会を反転させたような世界。そしてケイト・マッキノン演じるヘンテコバービーに導かれ人間社会に向かうバービーとケン。人間社会で二人が見たのは男たちが取り仕切る社会。笑ったのはバービー人形を販売するマテル社。男ばかりの重役会議。社長を演じる名コメディアン、ウィル・フェレルが最高!有害な男らしさを徹底的にシニカルに茶化したキャラを嬉々として演じる。これがもう全部面白い!で人間社会でバービーは自信を失い、ケンは目覚める。ケンはバービーワールドに舞い戻り、裸にミンクのコートを着て男社会を作り上げる。バービーを救うのはかってバービーで遊びマテル社に入ったものの受付係に追いやられているグロリア。はたしてバービーはバービーランドを取り戻せるか…ってなところから思いがけないところにまで連れて行ってくれる。まぁもう最高。フェミニズム映画なんて雑に括れるような、そのレベルの映画ではない。グレタ・ガーウィグ監督が今までも描いてきたように様々な常識(と呼ばれるもの)や偏見、そんなものを吹き飛ばして自分自身を生きていいんだという痛烈なメッセージが込められている。女は笑顔でいる必要はないし、男だって泣いていい。家父長制、有害な男らしさからバービー人形の歴史まで全部まとめてシニカルでキレッキレのブラックジョークで斬りまくる痛烈なコメディにして、アセクシャルメンタルヘルス、死に至るまでをも網羅する「君たちはどう生きるか」という哲学が込められた映画。でバービーと同時にケン(男たち)の物語でもある。ケンもまた様々な経験を経て自分自身を取り戻すのだ。ケンを演じるライアン・ゴズリングがまたまた最高!歌にダンスに大ボケに大活躍。この映画を観て救われたり勇気をもらえるのは何も女性だけじゃない。それにしてもマーゴット・ロビー素晴らしすぎる。「プロミシング・ヤング・ウーマン」「ハーレイ・クイン」そして今作とプロデューサーとしても一本筋が通っていて、グレタ・ガーウィグ監督との邂逅も必然と思えるし、それをしっかり成功させる手腕も凄い。とにかく「バービー」観るべき映画です!

森達也監督「福田村事件」

舞台は1923年、千葉県福田村。朝鮮から生まれ故郷である福田村に妻・静子とともに帰ってきた元・教師の澤田。村の教師にと頼まれるが頑なに断り百姓として暮らし始める。モダンなファッションに身を包みどこか浮世離れした妻・静子との夫婦生活は破綻寸前である。映画の前半では彼らを中心に登場人物たちの日常を丹念に描いていく。デモクラシーに未来を夢見る村長の田向、軍服を着て虚勢を張る在郷軍人会の長谷川、夫が戦争に行っている間に不貞をした咲江、その相手は村の中でもはみ出した存在である船頭の倉蔵。一人息子は妻と父の間にできた子ではないかと疑う茂次…映画は時間をかけて村に暮らす人々の生活を映し出す。のどかに見えて、どこか閉鎖的で排他的、噂話は広まり見えない呪縛がそこかしこにある。じわじわとそれぞれの心に不満や鬱憤、憎悪が広がり村全体を静かに支配していくのがわかる。一方、新助率いる薬売りの行商団は四国の讃岐から関東地方に向かっている。時にインチキ臭く、時にあくどく薬を売りながら東に向かう。彼らは被差別部落民であり、行商団には男、女、妊婦や子供まで様々な人がいる。立場も思想も違う多くの人たちの視点が交差する。

そして1923年9月1日、関東大震災が発生。混乱と不安の中、「朝鮮人たちが略奪、放火をしてまわっている」「集団で襲ってくる」というデマが放たれる。そして人々の心に充満した不満、鬱憤、憎悪に恐れが加わり一気に暴力として燃え広がる。福田村にも暴力の炎は及ぶ。行商団の一行を「朝鮮人に違いない」と取り囲み、一触即発の中、ある人物の思わぬ行動により一気に暴力は爆発する。澤田と静子、田向、倉蔵は必死に止めようとするが、爆発する暴力の前で彼らは無力で非力だった。妊婦や幼い子供たちまでもが無残に殺されてしまう。「朝鮮人と間違えられ殺された」だがそれだけだろうか。行商団の新助は問う「朝鮮人なら殺してええんか?」と。その問いの答えは見つからないまま、彼らは「殺してもいい者」と認定され切り捨てられたのだ。暴力とは無縁だった人たちがちょっとのきっかけで加害者となり、右へ倣えでいともたやすく人の命を奪う恐ろしさ。知性や理性、人が人として積み上げてきたものがあっけなく崩れていく様に心がひどく動揺した。先にも書いたように立場も思想も違う多くの人たちがこの映画には登場する。右も左もノンポリも、差別する者、差別される者、威張ってる者、卑屈な者、自由な者、縛られてる者、幸福な者、不幸せな者、様々な視点が交差する。誰もが誰かに自分を映して映画を観ることになるだろう。事件を目の当たりにしたリベラル派の村長の顔が忘れられない。なす術もなくへなへなと座り込み、小さな声で言い訳するしかないその非力さ。俺は止めたんだ、でも止められなかった、ただ見てるしかなかった。彼が夢見た理想の未来が今まさに音を立てて崩れ去ってしまったのだ。僕はこの男に自分を観た。加害を扇動した在郷軍人会会長の梯子を外された末の慟哭にも心が揺れた。いけすかない威張りん坊で、デマに踊らされ正義の名のもとに人としての一線を越えてしまう。そしてそれが間違いだったと咎められ彼は慟哭する。彼もまた「お国」に切り捨てられたのだ。

この映画に出てくる人たちは皆、何事もなければ普通の人だ。特別善人でもなければ特別悪人でもない。良い面もあれば悪い面もある。そんな普通の人間だ。誰が正義で誰が悪かなんて単純な二元論は通用しない。それぞれの中に正義があり悪がある。平時にはバランスを保っていてもちょっとしたきっかけでどちらにも転んでしまう。そして状況によっても正義と悪は反転してしまうのだ。

だがこの映画には映されない明確な悪がいる。混乱に乗じて意図的にデマを流し、朝鮮人を、中国人を、沖縄人を、障碍者を、被差別部落民を、社会主義者を、バカな愛国者を、自分たちにとって不都合で邪魔な者たちを切り捨てようとした悪が。それは今もこの国にいる。そして国のど真ん中で権力を握ってる。過去を反省せず、歴史を修正し、100年前のデマを今もまだ流し続けている。

ラスト、小舟の上で交わされる澤田夫妻の会話は、映画を観ている観客への問いかけのよう。この舟の行き先を決めるのはあなたたち一人一人だと。

監督以下この映画に携わった全ての人に感謝したい。事件から100年。2023年の今、公開される意味、意義、100年という時間の重さ。今年観るべき映画だし、今後観続けられるべき映画だと思う。一人でも多くの人にこの作品を観て、感じ、考えて欲しい。そしてこの映画がきっかけとなってこの国の負の歴史を見つめ考え語る映画が増えることを願う。

で俳優陣が素晴らしかった。井浦新の繊細さ、田中麗奈の自由な魂、永山瑛太の胆力、東出昌大の身体性。弱さを巧みに表現して見せた豊原功補も、鬱屈からの激しい暴力性を爆発させた松浦裕也も、気高さと強さを秘めた木竜麻生の表情、生と性の激しさを静の中に込めたコムアイ、様々な視点にリアルを与える演技だった。そして特筆すべきは水道橋博士!インテリで裕福な出であろう澤田や田向とは違い、博士が演じた長谷川は自分を押し殺し泥水を啜ってきたのだろう。一番の憎まれ役ながらそんな歴史すら感じさせ、ただの悪役で終わらない。コンプレックスやルサンチマンを軍服で隠し、虚勢を張ることでしか自分を保てない男の歪な在り方を見事に演じていた。ファンであることを差し引いても本当に素晴らしかった!

あと鈴木慶一さんの音楽も素晴らしかったなー。美しくもどこか歪んだメロディと同時にピアノで刻まれるリズムの不穏さ、そして人々の心の動揺、鼓動の早まりを現すような和太鼓の激しさ。村に漂う空気が音楽で見事に表現されていた。改めて、慶一さんの音楽家としての凄味を感じたな。

という訳で必見です。

④シャーロット・ウェルズ監督「aftersun/アフターサン」

11歳のソフィと離れて暮らす若い父・カラム。ひなびたリゾート地で二人が過ごしたある夏の日々。買ったばかりのビデオカメラで撮られた何気ない瞬間、瞬間。その時の父と同じ年齢になったソフィが、その映像を観ながら思うことは…。人生の夏を迎えようとする娘と、人生の夏を終わろうとする父が過ごす濃密な時間。楽しい想い出での底には悲しみや痛みが潜んでいる。その時にはわからなった父の想い。今にも壊れてしまいそうなほど繊細で、余白や行間から漏れ出してくる何か。素晴らしかった。胸の奥に引っかかって、忘れられなくなる。そんな映画。

ここのところ、自分の古い日記をこのブログに移設していてまさに自分が20代から30代になる頃、仕事も何もかも不安定な中で、幼い娘と過ごした日々を綴った日記を読み返していた。ま、映画と比べるとはるかに呑気なもんだが、それでもどこか重なる部分があって、後半はずっと涙目状態になってしまった。「aftersun/アフターサン」本年度ベスト級の傑作。

ジェームズ・ガン監督「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME3」

宇宙のはみ出し者たちが活躍するスペースオペラの完結編。宇宙からの刺客に襲われ瀕死の重傷を負った銀河一狂暴なアライグマ、ロケット。盟友の命を救うためガーディアンズのメンバー達が、最強の敵に戦いを挑む。明かされるロケットの過去に涙し、ガーディアンズ達の熱き友情、深い絆に心動いた。それぞれが過去と向き合い、再び立ち上がる。勝ち組ではないが負け組ではない。そう彼らは負けない組なのだ。倒れても倒れても砂を掴んで立ち上がる。そんな彼らが迎える最高のエンディング。誰一人取りこぼさず、皆を抱きしめるような素晴らしき完結編。もちろん音楽も最高!マーベル史上屈指の気持ちのいい傑作!

⑥ミカエル・アース監督「午前4時にパリの夜は明ける」

80年代のパリが舞台。夫が家を出ていき、一人で二人の子供を養わなければならなくなったエリザベート。眠れない夜に聴いた深夜ラジオ、ひょんなことからそのラジオ局で働くことに。そこで家出少女タルラと出会い、家に招き入れる。エリザベート、タルラ、そしてエリザベートの息子マチアス…登場人物たちはそれぞれ不安を抱えゆらゆらと揺れている。それでも毎日を懸命に生きている。時に反発しあい、時に支えあい。そんな彼女たちを深夜ラジオが優しく包む。そして日々は過ぎ、ふと振り返る。失敗を繰り返しながらも何とかこうして生きてきた。成功したとはいいがたいかもしれない。勝ち組なんてものでもない。でも確かに自分は生きてきた。不器用で不格好で不細工な人生だとしても、自分の足で歩いてきた軌跡がありそれこそが人生の奇跡なのだ。いやーこれは染みたなー。別に何が起こるって話でもないんだが、グッとつかまれた。エリザベートを演じるのはシャルロット・ゲンズブール。同世代。初めて彼女を知ったのは高校生の頃で、フランスの超絶美少女に心ときめかしたもんだが、いや今の彼女こそが素晴らしい。

セバスティアン・マイゼ監督「大いなる自由」

舞台は戦後のドイツ。男性同性愛を禁じる刑法175条。ハンスはこの175条違反で投獄される。同房となった懲役囚ヴィクトールは同性愛者であるハンスを嫌悪し時に暴力すら振るう。だがある日ハンスの腕に刻まれた数字から彼が同性愛者ということでナチス強制収容所にいたことを知る。自分を曲げることなく20年に渡り釈放されては投獄を繰り返すハンスと長期間服役するヴィクトールの間には不思議な絆が芽生える。理不尽な法に抵抗し続けるハンス。少ないセリフながら、しっかりと彼の怒りや悲しみ、尊厳を守ろうとする気骨が感じられる。ヴィクトールは長期服役の中でヤクに溺れ、釈放されることに恐れを抱く。ハンスはそんなヴィクトールに寄り添う。やがて175条は撤廃されハンスの罪は罪でなくなる。彼は自由を手に入れるが、映画はさらに踏み込み「大いなる自由」とは何かを問う。ハンスが求めた自由とは、ヴィクトールが得た自由とは。実に力のある作品。これまた素晴らしかった。

⑧岸善幸監督「正欲」

ショッピングモールの寝具店で働く夏月は代わり映えのしない毎日を鬱々と過ごしている。ある日中学時代に転校していった佐々木が街に戻っていることを知る。検事の寺井は不登校の息子と妻との3人暮らし。寺井は「人とは違う息子」の気持ちが理解できず、妻との仲もうまくいかなくなっている。誰にも理解されない性癖を抱え、社会と馴染めず孤立していく夏月や佐々木。一方の寺井は普通であることに囚われ、自分の「普通」に当てはまらない人の存在や現実や気持ちをまるで理解することができない。そんな「普通」「普通じゃない」の間で揺れる人々の姿を描く。一般的な人々の理解の範疇から逸脱する夏月と佐々木だが、共通の性癖を持つ二人だけは気持ちを通じ合わせ深く理解しあう。一般的な男女関係とはまるで違うが二人は強く深い部分で繋がりあう。理解と共感が2人を救うのだ。ある事件をきっかけに夏月と寺井は対峙する。このラストシーンが素晴らしい。社会的にも成功者である寺井が突きつけられる敗北感。普通や常識の中で巧く立ち回っているが、真の理解と共感を得ていないは誰か。お前はどうなのだと観ている者にも突きつけてくる。「君が僕を知っている」そんな物語だった。

夏月を演じるのは新垣結衣。苛立ちを滲ませ鬱々とした日々を過ごす前半、やがて理解者と過ごす日々で柔らかくなっていく表情、最後に寺井に突きつける言葉と視線。素晴らしかった。そして佐々木を演じるのは信頼と実績の磯村勇斗。この人が演じるなら大丈夫と思わせる若き名優。今回も間違いない。寺井を演じるのは稲垣吾郎。これがもう絶品。表面上は人当たりの善い常識人、だが常識に凝り固まりそこから抜け出せない頑なさと正論を振りかざす暴力性。そして最後に見せる戸惑いと揺らぎ。でそれぞれが高いレベルの演技を見せる中、一番惹きつけられたのは男性に近づくことができない女学生を演じた東野絢香佐藤寛太演じる大也(彼もまた心に大きな葛藤を抱えている)とのシーンで見せた演技は胸を打つ名演で本当に素晴らしかった。完全に名前を覚えた。これから間違いなくどんどん出てくると思う。

⑨八鍬新之助監督「窓ぎわのトットちゃん」

正直、予告編観た時はまぁ観ないでいいかと思ってたのだがネットでの評判に興味を持って観に行くことに。結論から言って大傑作だった!原作は81年に出版された黒柳徹子が自身の幼少期を描いた大ベストセラー。当時、母が買って家にあったので子供の頃読んでるのだがもうほぼ忘れている。落ち着きがなく小学校を退学させられたトットちゃんが新しく通うことになった「トモエ学園」。電車が教室のちょっと変わったこの学校でトットちゃんが過ごした日々が描かれる。生徒の個性と自主性を尊重するトモエ学園の小林校長先生。強い信念のもとに運営される学園だが、時代は第二次世界大戦の最中。まだ幼いトットちゃんたちの学園生活の中にもやがて戦争の影が入り込んでくる。その描写が実に細やかで素晴らしい。あくまで背景としてそれはあるのだが、大人たちの世界にあったそれは徐々に徐々に子供たちの世界にまで広がってくる。ラスト近く映画のクライマックスとなるトットちゃんの疾走シーン。その背景にはもはや戻ることのできないまでに戦争に覆われた世界が広がる。僕らの世代にとって黒柳徹子さんはずっとテレビの世界にいる人だ。小学生の頃から「ザ・ベストテン」を観てた。早口でお喋りでひたすら明るくパワフルなおばさん。でも思い返してみれば、番組の中で黒柳さんは戦争や差別をすることの愚かさ、弱者に寄り添うことの大切さを常に伝えていた。映画は彼女の信念の核、その原点を丁寧に描いている。小児麻痺を患った泰明ちゃんとの出会い、彼から託された一冊の本、そして何よりトモエ学園で培われた自由な魂を彼女は忘れることなく今もなお大切にしていることがわかる。そしてそれをテレビを通して日本中に伝えていたのだ。で予告編を観た時ちょっと戸惑ったのはその絵。はっきり言って今どきのアニメ絵でもないし、なんとも言えない違和感があったのだが映画を見終えた今となってはあの絵がとにかく素晴らしい。うっすらと赤い頬に唇、昭和初期の少女雑誌のようなキャラクター達の絵柄。そして背景は誰もがトットちゃんからイメージするいわさきちひろさんの絵の世界を再現するかのような淡い水彩画のようなタッチ。映画の中に3ヶ所、まさにアニメーションでしか表現しえない幻想的でイマジネーションに満ちたシーンがある。トットちゃんたちの心に広がる美しく豊かな世界。実に素晴らしく感動した。

原作が発表されて40年以上、あまたあった映像化のオファーを断り続けた黒柳徹子さんが今、この作品の映像化にGOを出したのには意味がある。世界ではリアルタイムで戦争が起き、虐殺が起きている。今こそ世界が大切にしなければならないのは、トットちゃんがトモエ学園で培った自由な魂だと思う。勇ましく戦争を語り、差別を煽り、分断を生み出す、そんな大人たちや政治家のいかに多いことか。戦争や差別の愚かさを、弱者に寄り添う大切さを語り伝え続けた黒柳徹子さんの自由な魂を継承していく義務が自分にもあると思っている。ということでぜひ多くに人に観ていただきたい。幼いお子さんでもたとえ意味が分からないとしても、そこで描かれるちょっとした切なさや悲しみ、何より自由な魂というメッセージをしっかり感じとることはできると思う。むしろ小さなお子さんほど感じることができるかも。とにかく大プッシュ!おすすめです。

⑩ルーカス・ドン監督「CLOSE/クロース」

13歳のレオとレミは幼馴染の大親友。四六時中一緒にいていつも二人でじゃれあっている。中学に進学した二人だが、クラスメイトからその親密さをからかわれたことからレオはレミにそっけない態度をとるようになる。理由がわからないレミ。ある日大喧嘩の末、突然の別れが訪れる。あまりにも繊細であまりにも切なくて心に突き刺さった。カメラが捉えるレオの表情、一挙手一投足。胸が締め付けられ苦しくなった。彼の小さな心の中に広がる罪の意識、痛み、悲しみ、やるせなさ。そのどれもに戸惑いながら涙を流すことすらできないでいるレオ。忘れがたき素晴らしい傑作。