日々の泡。

popholic diary

2024年2月の話。その1

ということで、2月はまぁいろいろありまして。変則的ではありますが観たもの、聴いたもののまとめ、その1です。

NETFLIXでドキュメンタリー「ポップスが最高に輝いた夜」を観る。1985年1月28日。アメリカンミュージックアワード終了後、A&Mスタジオに音楽界のスーパースターたちが一堂に会した。アフリカの飢餓を救うという目的で作られた楽曲「We Are The World」のレコーディングが始まる-。ライオネル・リッチーマイケル・ジャクソンが曲を書き、クインシー・ジョーンズが編曲・プロデュースを務める。当時僕は14歳。MTVブームがあり僕もまた当時の多くの中学生がそうだったように夢中になっていた。マイケル、プリンス、マドンナ、シンディ・ローパーにヒューイ・ルイス、ブルース・スプリングスティーンetc綺羅星のごとく輝くスターたちの音楽に夢中だった。でそんな頃に出たのが「We Are The World」。あれから38年。その夜に撮影されたスターたちの素顔、ライオネル・リッチーをはじめ参加したスターたちのインタビューで構成。いや、もう最高じゃないですか。突然の抜擢にド緊張するヒューイ・ルイス、うまく歌えず一人居心地悪いボブ・ディラン、そんなディランに付き添うスティービー・ワンダー、神経を張り巡らせ現場を回すライオネル・リッチー、ツアー後に駆けつけバシッと決めるブルース・スプリングスティーン、自由気ままなシンディ・ローパー、プリンスを呼ぶために選ばれたと悟り落ち込むシーラ・E…和気あいあいなだけでなく、ピリつく場面も多々ありつつそれでもそれぞれがどこか高揚している。今を時めくスターたちもかってはスターたちに憧れた音楽少年・少女たち。まさにその高揚感が奇跡の一夜に満ちていた。まさに「ポップスが最高に輝いた夜」だなー。

三谷幸喜作・演出「オデッサ」観劇。舞台となるのはアメリカ、テキサス州オデッサ。何もない田舎町で起きた殺人事件。殺人の容疑で拘留されたのは英語が喋れない日本人バックパッカー。取り調べるのは日本語を話せない日系アメリカ人警官。そこで通訳として呼ばれたのはホテルのジムで働く日本人青年。英語と日本語、3人の間で2つの言語が飛び交い、1つの真実を追う。ってな物語で、まぁなんともよく出来ていて面白い傑作会話劇であった。宮澤エマ演じる警官と柿澤勇人演じる通訳青年の二人の会話は英語。だが舞台上に二人の時は英語という態で日本語で会話が繰り広げられ、そこに迫田孝也演じる容疑者が加わると二人は実際に英語で喋り壁面に字幕が映し出される。そこで生まれる誤解、意図的な行き違いが物語を混乱させやがて解決へとつながる。さらにはそこから大きな展開が。巧みに英語と日本語を切り替える宮澤&柿澤のスキルの高さと演技力に脱帽。迫田のネイティブな鹿児島弁も加わり複雑に絡み合う会話劇。すかっと2時間弱という尺も気持ちよく素晴らしかったなー。

宮島未奈著「成瀬は天下を取りに行く」読了。舞台は滋賀県大津市膳所周辺。まさに地元。成瀬あかりは中学生。膳所のランドマーク、大津唯一の百貨店「西武大津店」閉店のニュースを知り、閉店までの毎日西武に通うことに。そんなちょっと変わった成瀬を中心に彼女を取り巻く人たちの視点で描かれる短編が連なり成瀬という魅力的なキャラクターが立体的に浮かび上がってくる。とにかくこのキャラクターがなんとも魅力的で目が離せなくなる。読後感はすこぶる爽快で幸せな気持ちになった。で舞台が30年近く暮らす大津の街。西武大津はもちろん何度も通ったし、なんなら毎日通勤で歩く道沿いにあった。彼女が漫才の練習をする公園も、友達と食事するびっくりドンキーも、完全に生活圏でそれもまた楽しい。

永井愛作・演出、二兎社公演「パートタイマー・秋子」観劇。夫が失業し、スーパーでパートタイマーとして働き始めた秋子。そこは改革に燃える新店長と古株の店員たちによる確執があった。ベテランたちは仕事に慣れ切っていて、商品をくすねることすら躊躇がない。かっては大企業に勤めていたがリストラにあって今はスーパーで品出しをする貫井生瀬勝久)や店長とともに改革に乗り出す秋子だったが…ってな物語。20年前に書かれた作品を沢口靖子主演で再演。様々な職場で見られるような日本的な風景。20年前の作品ながら古さを感じず、むしろ今を描いてるように感じるのは、そんな「日本的風景」が今もなお変わらず残っている、むしろ深く根付いてるからなのだろう。改革の先に訪れる皮肉なオチに考えさせられる。少し浮世離れした沢口靖子が役にピッタリで素晴らしい。生瀬勝久との軽妙なやり取り

NHKの夜ドラ「作りたい女と食べたい女」。シーズン1がとても良かったので楽しみにしていたシーズン2。野本さんと春日さん、二人の関係がゆっくりと進んでいく。この「ゆっくりと」が良い。自分の気持ちに戸惑い、悩み、向き合い、そして互いの気持ちを言葉にして確かめ合う。互いの気持ちと歩調を合わせることの大切さがおいしそうな料理とともに描かれる。また社会の抑圧に立ち向かうシスターフッド的な側面もあり柔らかくも気骨のあるドラマだと感じている。

アン・テジン監督「梟-フクロウ-」を観る。人質として清の国に抑留されていた16代国王・仁祖の息子が8年ぶりに帰郷。だがほどなくして毒殺と思われる謎の死を遂げる。「仁祖実録」に記された史実を基に盲目の天才鍼医を絡め大胆に歴史のifを描くサスペンス。中盤、タイトルが表すある秘密が明かされてからの手に汗握る展開に唸る。見える・見えない、見る・見ないを文字通りの意味と隠喩として描き、権力による腐敗の構造を浮き上がらせる。歴史ものでありながらしっかり現代に通じるテーマ性があり、それを抜群のストーリーテリングで圧倒的に面白く観せる。これは素晴らしかったなー。盲目の鍼医を演じるリュ・ジュンヨルの静と動の演技も素晴らしかったが、権力に囚われ狂っていく仁祖の怖さと愚かさと哀れさを見事に演じたユ・ヘジンに驚いた。人情味あふれる面白おじさんを演じさせたら天下一品のユ・ヘジンが面白を完全封印し演技者としての凄味を見せつけた。素晴らしかった!

NHKのドキュメンタリー「だから、私は平野レミ」を観る。ご存じ、料理愛好家の平野レミに迫ったドキュメンタリー。明るくてせっかちで奇想天外でというパブリックイメージ、それもまた一面にしか過ぎない。常に周りの人のことを想い愛に溢れた彼女のルーツ。父親が残した50年分の日記には彼女が深い愛情で育てられたことがわかる。彼女もまた自分がいかに父や母から愛されてきたか、深い愛情の中で育てられてきたかを想い返し語る。高校生活に馴染めず、学校に行くことも帰ることもできず、一人電車に揺られた青春時代。そんな娘を包む父の愛情。混血児として生まれ酷い差別にあいながら、自身と同じ境遇の子供たちに手を差し伸べ続けた父。娘は父のそばでその姿を見て、時に手伝い育つ。ただ恵まれていたわけじゃない、その明るさの根源は闇の中に灯される光の大切さを知るからだろう。父が彼女に注いだように夫である和田誠も深い愛情を彼女にそそぐ。「だから、私は平野レミ」というタイトルに繋がっていく。なんだか見ながら何度も涙が溢れた。

NHKドラマ「お別れホスピタル」全4回観る。2018年に放送されたドラマ「透明なゆりかご」はオールタイムベスト級の傑作で大好きな作品。それと同じ原作・沖田×華、脚本・安達奈緒子によるドラマが本作。主演は贔屓の岸井ゆきの。「透明なゆりかご」は人が生まれる場所、産婦人科医が舞台だったが、今作は重度の医療ケアが必要な人や、在宅の望めない人を受け入れる療養病棟、人が死にゆく場所が舞台となる。患者、その家族、医者をはじめとする医療スタッフそれぞれの葛藤や奮闘が描かれるわけだが、まぁもうハンカチ無しでは観られなかったな。死は誰にも平等に訪れる。それでいていつ訪れるかは誰にもわからない。生きている限りは死が背中にぴたりと張り付いている。頭ではわかっていてもそれを受け入れるのは辛いことだ。絶望、無念、未練…その時、胸に去来するのはどんな想いなのか。ドラマの余韻に浸りながらぼんやりと考える。そんな時間を与えてくれる良きドラマだった。