日々の泡。

popholic diary

2022年9月3日~9日の話。

2022/9/3

7時30分起床。トーストにハムエッグとヨーグルトの朝食。午前中は部屋で、音楽を聴きながら日記を書く。昼からはユナイテッドシネマ大津へ。腹ごしらえにフードコートでインドカレーの昼食。ナンがでかい。

デヴィッド・リーチ監督「ブレットトレイン」観る。ブラット・ピット主演のバカ映画。いい意味で。東京~京都間を走る新幹線っぽい列車の中で、ブラット・ピット演じるついてない男が繰り広げる大アクション。徹底的に作り物の世界で次から次へと襲い来る刺客。米原駅から乗り込んでくる真田広之が激渋。まーここまで大嘘の世界でドカーンとやってくれたら中身はないけどスカッと楽しい。休日にスクリーンで楽しむべき映画。

夜は録画していたNHKドラマ「アイドル」を。舞台は昭和初期の新宿。劇場「ムーラン・ルージュ」で日本初の「アイドル」となった明日待子の物語。未完成な踊り子がその未完成さゆえ、人気を集め「アイドル」となっていく。多くの学生が彼女会いたさにムーラン・ルージュに押し寄せる。やがて日本は戦争へ突入。出征した若者たちの為にと慰問を志願する待子だが…。あか抜けない田舎娘がステージで磨かれ、成長していく姿は活き活きとして輝かしい。だが戦争に飲み込まれ、出征していく若者たちを勇気づけようという行為が、実は若者たちを死に向かわせていたのだと知る。そのやりきれなさが切ない。なんとも魅力的な表情を持った主演の古川琴音が良かった。

2022/9/4

7時30分起床。昔は休みともなれば10時~11時まで寝ていられたが、今や寝る体力もない。午前中に妻と買い物。買ってきた天ぷらとざるうどんの昼食。「マルコポロリ」で二丁目芸人特集。虚実入り混じったエピソードトークケンコバの真骨頂という感じで面白い。

で夕方から妻と京都劇場まで。楽しみにしていた「世界は笑う」を観る。作・演出はケラリーノ・サンドロヴィッチ。舞台は昭和30年代、戦争の傷跡がまだ残る新宿。ドラマ「アイドル」の世界から地続き。笑いに憑りつかれた者たちの群像劇。勝地涼伊藤沙莉演じる兄妹のテンポのいい会話から始まり、千葉雄大演じる喜劇役者・是也が登場。彼がヒロポン中毒であることをさっと見せる。そしてオープニング。このオープニングがとにかくかっこ良くて度肝抜かれた。役者たちが次々と現れ照明、映像と一体化して紹介されていく。現代的な技術とセンスで昭和の世界が幕開ける。序盤は瀬戸康史演じる田舎から出てきた是也の兄・彦造にラサール石井温水洋一山内圭哉、マギーといったコメディの手練れたちが絡んで次々と笑いを生み出していく。昭和の軽演劇的な笑いを大いにまぶしながら、それぞれのキャラクター、関係性がよどみなく描かれる。笑いつつ複数の登場人物たちを巧みに出し入れしながら整理していくその語り口の良さに唸る。瀬戸康史は以前三谷幸喜の「日本の歴史」を観てその芸達者ぶりに驚いたのだが、今回もアクの強い登場人物の中で一服の清涼剤的な役割でありながら、受け身を取りつつ笑いを増幅させる演技で素晴らしい。あと彦造が恋する戦争未亡人の初子を演じる松雪泰子も良かった。最初彼女とはわからなかったぐらい、昭和の名女優然とした声の出し方と佇まいが素敵だった。

そしてシーンは劇団「三角座」へ。ここにもまた個性的なメンバーがそろう。荒くれ、殺伐としつつ、どこかに哀愁を感じさせる「喜劇人」たちの素顔。昔何かのインタビューでケラさんは幼少期、ジャズミュージシャンだった父の関係で昭和の喜劇人たちの姿を間近で見ていたというのを読んだことがある。ケラさんが肌で感じたであろう喜劇役者たちの姿が反映されているのだろう。どこか破滅的で狂気じみていて、なのに哀愁が漂う喜劇人の素顔。ラサール石井が演じる老喜劇役者トーキーさんが味わい深い。ラサールさん自身も師匠である杉平助さんはじめ昭和の芸人の匂いを存分に浴びてきた人だ。とても魂のこもった芝居で、犬山イヌコ演じる元相方のネジ子とのやりとりは可笑しくて悲しくてじんわりと沁みた。

そして数年が過ぎ、ヒロポン中毒から脱した是也は人気役者となっていた。だが自身が目指す笑いと人気とのギャップに次第に追い詰められていく。「笑わせてるんじゃなく笑われているだけ」。是也は自分の笑いを詰め込んだ渾身のホンを残し去っていく。

休憩をはさんで2幕は劇団が遠征に訪れた地方の旅館が舞台。是也が残した笑いに満ちた脚本は観客に受けず劇団はまたもとの古い脚本で芝居を続けている。劇団員たちは相変わらずで、ぬるくゆるく日々をやり過ごしている。初子にプロポーズをしようと計画する彦造。緒川たまき演じるトリコにその算段を相談する。緒川たまきさんの極めてチャーミングなコメディエンヌぶりが楽しい。アチャラカな二人のやり取りは喜劇の喜びに溢れている。

そしてネジ子の回想シーンも素晴らしかった。トーキーと二人で演じた「金色夜叉」を旅館の従業員から「一番面白かった!」と言われて喜ぶ二人。

「ただ、こうして生きてきてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、“生きていてよかった”と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。」これは中島らもがエッセイで残した有名な文章だが、ふとよぎった。

二人にとって「生きていてよかった」と思える瞬間。「面白かった」というその一言が彼らを生きさせる。

自分の笑いが受け入れられず、再びヒロポン中毒となった是也。中毒症状を見せる演出もすごかった。彼に襲い掛かる妄想が舞台を覆い飲み込んでいく。

そんな是也にも一筋の光がある。観客に受け入れなかった脚本だが、劇団の看板役者で反発しながらも唯一「笑い」の部分で認め信頼するイワシ大倉孝二が素晴らしい)に面白いと認められたのだ。「笑い」に憑りつかれた者同士であり「笑い」に生きる同志であるイワシと「笑い」で通じ合えたことは、ヒロポン以上の昂揚を彼にもたらせる。そして是也は静かに病院へ送られていく。

2幕の終わり、彦造の恋も劇団の未来も残酷に打ち砕かれていく。

ラストシーンは再び新宿の街。夢の跡、過ぎ去りし日々の余韻。オープニングでテレビに悪態をついていた温水洋一演じるロートルのダメ役者、青タン。三角座に拾われるもどうしようもないセコっぷりを見せていた彼が、テレビの世界で人気を得て「先生」と呼ばれている。もっとも単純でもっとも鈍感で、何一つ変わらず同じことをやり続けた男が時代によってその位置を変える。人生の皮肉であると同時に人生の面白さがそこにある。飲み屋で働く彦造は是也が残した脚本を出版社に持ち込んでいた。生きている限り人生は続く。彦造あてに出版社から電話が入る。人生には悲劇と喜劇が繰り返し訪れる。

休憩挟んで4時間近い芝居だったが、全く長さは感じなかった。中学生の頃に読んで以来もう30年以上ずっとすぐ手に取れる場所に置いている小林信彦「日本の喜劇人」。昭和45年生まれの僕には戦後~昭和30年代の新宿、喜劇人たちの世界はもちろんわからないが、繰り返し読んできたこの本に登場する喜劇人たち。エノケン・ロッパからまさに新宿「ムーランルージュ」の役者だった森繁久弥由利徹伴淳三郎三木のり平渥美清フランキー堺、そして本書の中でも印象深い泉和助といった喜劇人たちのモノクロ写真が脳裏に浮かぶ。笑いに憑りつかれ、笑いに生き、笑いに死んだ喜劇人達への深い共感と愛情を感じる芝居だった。いや、ほんと素晴らしかったな。

しかし思えばケラさんのことを知ったのは中学生の頃に見たNHKの特集番組。当時盛り上がっていたインディーズバンドを特集した番組でひときわ異彩を放っていた有頂天のリーダーにしてナゴムレコードの社主。「宝島」に載っていたナゴムの手書き広告も読んでたし、有頂天からロング・バケーション、慶一さんとのNo Lie-Senseと音楽は長く聞いてきし、「1980」とか監督作も見てるにも関わらず、芝居は観るのは初めて。何をやってたんだ、俺。俺のバカと言いたい。でも50を過ぎてまだこうして新しいものと出会って感動できるんだと嬉しくなった。

2022/9/5

月曜。朝、晩は随分涼しくなったがそれでも昼間は暑い。杉作さんの「ファニーナイト」聴きつつ外回り。悲劇にも喜劇にもならない凡庸な一日。それでも人生は続く。

2022/9/6

午前中は快晴だったが、会社を出るころには雨。

2022/9/7

テレワーク日。テレワーク飯はレトルトの牛丼。汁に浮かぶ肉を掬いながら。

radikoで「中川家のザ・ラジオ・ショー」、町山さんの「たまむすび アメリカ流れ者」や「東京ポッド許可局」、「北野誠のズバリサタデー」などを聞きつつ。

夜、NETFLIXで韓国ドラマ「私たちのブルース」を観始める。観たいドラマは多々あるのだが、時間を取られ過ぎるのでなかなか踏み出せない。

2022/9/8

通勤中に聴いてたのはBandcampで購入した「箱舟旅行の直枝政広(Live at 晴れたら空に豆まいて2022.7.16)」。メロウに響く直枝さんの歌とギター。山水画のごとくシンプルで深い。しばし聴きいる。

2022/9/9

外回り。昼、気になっていた天ぷら屋でランチをと駆けつけるが駐車場に車止めたところで得意先から電話。しばし話してやっとご飯だと店の扉を開けると店員から終了ですのでの一言。時計観ると14時2分。ラストオーダーは14時だとのこと。完全に天ぷらの口になっていたのに、なんと無慈悲な…。泣きながら店を後にして、やさぐれて目についた店でカルビ丼を食べてやった。

radikoタイムフリーで高田先生のラジオビバリー昼ズ。「ドリフターズとその時代」の著者、笹山敬輔さんがゲスト。笹山さんは富山の製薬会社の社長にして演劇史の研究家。まだ40代と若いのだが「アイドル」や「世界は笑う」の時代までをも精通していて、「ドリフターズとその時代」も演劇集団としての側面からドリフを取り上げた評伝。先週の日記でも書いた通りこれがすこぶる面白い。高田先生も「アイドル」や「世界は笑う」の話を絡めつつ「明日待子に会いに行っていた学生の中に野末陳平さんが居たんだよー」「ムーラン出身の由利徹さんは最後まで泣かせにはいかず笑いに徹した」などなどの逸話、若い人がこうして消えていく芸能史を残していってくれることは嬉しいと言葉をかける。笹山さん、今後研究したいのは?の問いに演劇史からひも解く声優の歴史、サザエさんを演じる加藤みどりさんにインタビューしたいとのこと。テレビ黎明期、新劇の世界にいた俳優たちが吹き替えに呼ばれ、やがてアニメへ移行していく。確かにその歴史は面白そう。そして誰もが知っているサザエさんだがその声の主・加藤みどりさんのことをどこまで知っているかというと何も知らない。うわー興味深いな。あと高田先生との会話で出てきてたけど、堺正章さんの評伝とか絶対残しておくべき。テレビ演芸史において絶対的に外せない人でしょ。誰もが知っているけど、誰も知らない。そんな人たちの話を聞きたい。