日々の泡。

popholic diary

水道橋博士「藝人春秋2」のはなし

水道橋博士さんの「藝人春秋2」読了。まずは上巻「ハカセより愛をこめて」。
タモリとの奇妙な縁、赤いポルシェと金のロールスが繋ぐ壮大なる嘘のようなホントの話、流れるような語り口で語られる序盤ですっかり本の中に取り込まれる。三又の玉金や照英の世界を股に掛けた珠玉の冒険譚に笑っているうちに物語は親子の物語に。さんまのむすめ、たけしのむすこ、圭子のむすめ…語り部として親と子の物語を語る中で水道橋博士自身が受け継いできたもの、受け継いでいくものが浮かびあがる。大滝詠一との邂逅話にはマキタスポーツプチ鹿島という二人の芸人の名前。そこには確かにバトンが見える。上巻は「ほしをつぐもの」の物語。愛すべき「藝人」たち、その星の一つ一つが形作る星座を星のお兄さん=水道橋博士が極上の愛を持って解説してくれる。「藝人春秋2」上巻、「ハカセより愛をこめて」というサブタイトルに納得。
続いて「藝人春秋2」下巻「死ぬのは奴らだ」。
いささかハードボイルドなプロローグ。芸能界に潜入したスパイが遭遇する冒険譚は、上巻で語られた照英の冒険譚に引けを取らないほど危険に満ちあふれている。もはや名人芸とも言える最強伝説語りでは「藝人春秋」ワールドの住人にして狂人、寺門ジモンが満を持して登場。武井壮との壮絶かつズンドコな戦いを繰り広げる。行間から3Dいや4Dの勢いで寺門ジモンが迫ってくる。この臨場感がとにかく凄い。上巻の照英エピソードもそうだけど、今まさに目の前で本人が喋っているのを聞いているような感覚に襲われる。声が聞こえてくるし、表情が見えてくる。観察眼の鋭さとそれを文にして伝える技。「藝人春秋」シリーズの大きな魅力の一つだと思う。
で下巻は武井壮VS寺門ジモンのように対立構造で様々な物語が展開されていく。やがて辿りつくのは関西の巨星、やしきたかじん。この関西の巨星がもう一つの巨星「殿」と交わった伝説の一夜。その一夜を複雑な心境で見つめていた「殿」の弟子。図らずも巨星の「晩年」となった数年を殿の弟子=水道橋博士が記者の目で捉える。関西で最もアンタッチャブルな話題。「藝人春秋2」の核とも言える第9章「橋下徹と黒幕」へ。ここで上巻第一章とリンク。関西に降り立ったスパイが標的として照準を合わせたのは?
関西で暮らしているとこの十年ほどで大阪の空気が一変したことを肌で感じる。たかじんが病に倒れ、その後亡くなってからはもはや引き返せないほどに不穏な空気に満ちている。私は中立ですと言いながらニヤケ顔で巧妙に印象操作を行うキャスターと右曲がりの論客が居並ぶ「委員会」。かっては庶民の代表だったはずの芸人たちは、ひたすら権力にしっぽを振って庶民を恫喝する側に回った。関西の週末に放送されるニュース系番組に潜むデマやヘイトの種はもはや危険水域を超えている。これは関西に暮らす者としての実感だ。
で話を戻そう。大阪を「不寛容で笑えない」街に変えた橋下徹大阪市長との対峙から番組降板事件の真相が語られる。橋下元大阪市長に向けられたと思われた銃口の先、降板事件の深層には「黒幕A氏」の姿が。口汚いベストセラー作家によって書かれた「殉愛」。たかじん最期の日々を綴った“自称”ノンフィクションにも登場するA氏に向けて、博士は言葉を丁寧に積み重ね、その罪を問う。下巻177ページに記された言葉の覚悟と重み。「藝人春秋2」下巻、「死ぬのは奴らだ」というサブタイトルの意味を知る。
そして話は石原慎太郎VS三浦雄一郎に。掛け違ったボタンが、どこで、どう掛け違われたのかを、なぜそこまでこだわるのか?というほど執拗に徹底検証していく。資料にあたり、本人に会いそれぞれの口からそれぞれの“事実”を聞きだす。その姿勢はどこか狂気じみているが、この“掛け違ったボタン”への興味、真相を知るべく深層に向かう狂気こそが「藝人春秋」であり、水道橋博士が本を書く理由なのではないか。徹底した事実の積み上げからなる歴史。歴史と向き合い、歴史を知ることからしか始まらない。そんな博士が「殉愛」を決して許すことができないのは至極当然のことだと思う。
スリルとサスペンスに満ちた息が詰まるようなエピソードの後に、岡村靖幸が登場。2人が登った高尾山のエピソードを読み終わればさわやかな風が吹く。「藝人春秋2」上下巻凡そ700ページを登頂。爽快な気持ちが重なったところでエピローグへ。
先代・林家三平の娘・泰葉との交流からある衝撃的な告白がされる。「藝人春秋2」が文字通り身を削り命をかけて書かれたことを知る。前作から5年、週刊誌連載からこの単行本化に至るまでの長い道のり。その間の博士の言動、日記やTwitterでの言葉を思い返せばその衝撃はさらに大きくなる。思えば思うほど、考えれば考えるほど、気が遠くなる。いったいどれだけの覚悟を持って、この本が書かれたのか。一文、一文に込められた想いがどれだけの重みを持つのか。巧みな言葉遊び、爆笑エピソードの数々、徹底的に裏取りされ検証された「本当のこと」、その上に沸き立つロマン…。身を削り命をかけて本を書く水道橋博士の姿が、標高8000メートルのエベレストからスキーで滑降した三浦雄一郎の姿と重なる。
水道橋博士は、あの世のようなこの世を何度も行き来して、自ら消え去ることなく、今も次の山を目指している。」

そして「藝人春秋2」上・下巻を締めくくるのは、泰葉から語られた立川談志最期の「芝浜」。このあまりに美しいエピソードに読んでいるボクもまた、気がつけば涙を流していた。

藝人春秋2 上 ハカセより愛をこめて

藝人春秋2 上 ハカセより愛をこめて

藝人春秋2 下 死ぬのは奴らだ

藝人春秋2 下 死ぬのは奴らだ