日々の泡。

popholic diary

笑いの種

早速ですが「ポップダイバー」シリーズ。今日は「お笑い」篇。バラエティの一番古い記憶は「見ごろ食べごろ笑いごろ」。伊東四朗小松政夫、そしてキャンディーズだな。幼稚園の頃、「電線音頭」は一大ブームでみんなよく真似して踊ってたな。思えばその頃から若干マニアックだったので、人が踊ってるのを観て「違うな。そこはもう少し腰を落とさなきゃ」とか「ちょっとしたひとタメが重要なんだよ!」などと思ってた。しかし考えてみれば伊東四朗さんは未だ現役バリバリ。凄いとしか言いようがない。それからタイトルは忘れたけど、おばけ屋敷が舞台のコメディドラマがあってその記憶がやけに残ってる。西田敏行松鶴家千とせが出てたはず。内容は覚えてないのにそのちょっと物悲しい画面の暗さだけが印象に残ってる。でドリフは当然観てた。ドリフが嫌いな子供なんていなかった時代だもん。志村けんが「東村山音頭」を踊った時、「化けたな」と思ったもんだ。いや、まぁ「化けた」なんて表現は知らなかったけど、目立たない存在だった見習いあがりの志村けんが弾けた瞬間は記憶に大いにある。それから学校のコントで英語の問題で「数字の8を英語で言うと」の質問に加トちゃんがあてられて困りながら「え、えぇっと」と答えると「エイト!正解!」っていうベタ中のベタ、基本中の基本のネタに「なんて秀逸なギャグなんだ」とテレビの前で深くうなづいたりしていた。それから「欽ちゃんのド〜ンとやってみよう」。確か土曜日の7時半から9時までだったはず。小学1年生頃で、その時はドリフより「欽ちゃん」にチャンネルを合わせていた。前川清香坂みゆきが出てたっけ。気仙沼ちゃんとか「ミラクル光線」ってギャグをやってた西山浩司が好きだった。
もちろん関西の子供だから吉本は観てた。間寛平木村進岡八郎、室谷信雄に原哲男。好きだったのは花紀京と二枚目なのにすっとぼけてた船場太郎。このあたりはもうなんというか血肉化してる。
で80年代に入ると空前の漫才ブームが起こるのだ。この先はまた今度。