日々の泡。

popholic diary

凹凸

昨日のライブ、帰ってからも余韻にどっぷり。夜更かししつつアルバム聴く。いや、これ、ヤバイっしょ、マジ、泣けるっスと聴きこむ。
で今朝は7時半起床。娘の運動会。天気もいいし、ちょい涼しくてまさに運動会日和。義父母、母も来てみんなで観戦。娘、入場時は金管バンドのメンバーとして、それからも運動会の係りらしく開会式の司会進行役やいろんな準備、もちろん競技にも出るし大忙しの様子。家ではいつもグータラしてて毎日のように「お片づけしなさい!」って(僕から)怒られてる娘であるが、なかなかどうしてしっかりやってる。親はなくても子は育つってか。昼は一旦家に帰ってお弁当。義母手製の稲荷寿司、母からはおはぎ、我が家は卵焼きに鶏のから揚げなどなど。で午後も引き続き。娘の器械体操、BGMはYMO「CUE」。そういや子供の頃、運動会で「ライディーン」BGMに踊らされたっけ。運動会のYMO使用率いまだに高しってことか。それにしても運動場のスピーカー、音悪すぎるぜ。で運動会も無事終了。娘ももう5年生だからね。来年で運動会観るのも最後なんだな。はえーよ、月日の経つのは。矢の如しだ、これはまさに。
で、今日は映画の話。昨日見た北野武監督「アキレスと亀」について。
絵を書くことが好きな少年・真知寿。大富豪の息子で何不自由なく絵を描くことだけに没頭する真知寿だが、父親の会社の倒産、両親の自殺で生活は一変。それでも絵を描き続ける真知寿。やがて青年となり印刷工場で働きながらもなお絵を描き続ける。彼の芸術に理解を示してくれる幸子との出会い、結婚。中年になった真知寿、ただただ絵を描く。ってとにかく主人公はひたすら絵を描いてるだけ。言ってみればそれだけなのだ。たけしの、たけしのよる、たけしの為の、たけし映画「TAKESHI'S」、映画版「タケちゃんの思わず笑ってしまいました」と言うべき「監督、ばんざい」で暴走気味に自らをさらけ出した北野監督。この2作あってこその新作。自問自答を整理した上で、きっちり「映画」で落とし前つけた。まず描かれる少年時代。これが見事に“巨匠”の映画術で撮られてるんだ。突っ込み所を与えない画作り、静かながら巧妙な語り口。そして随所に見せる「キタノ映画」の匠の技。ノスタルジックな画面の中でフリとオチが一つ一つ丁寧に撮られていく。生と死、悲しみと笑い、その紙一重のところを俯瞰で捉える目はキタノ映画ならでは。そして青年期。真知寿を演じるのは柳憂怜(ユーレイから改名)。これがいい。ギラギラ感の無さが芸術しか見えてない男の滑稽さとかわいさを巧く現している。良く言えば純粋、子供のまんまで絵を描くことだけしかできない男は知らず知らずのうちに芸術という狂気にどんどん取り込まれていく。ここでもフリとオチが丁寧に、でも少年期よりちょっと激しく繰り返される。で中年期。真知寿演じるはビートたけし。妻・幸子(樋口可南子、絶品!)を巻き込んで日常が完全に狂気に飲み込まれている。フリとオチはスピードと激しさを増し、もはや完全にショートコント「こんな芸術家はイヤだ!」に突入。少年期の巨匠っぷりを自ら突っ込むように飛ばしていく。笑いつつもそら恐ろしさが感じられるこの「中年期」。これはツービートが僕らに教えた「危ない笑い」だ。「死」さえもネタにする「笑い」という名の狂気。そしてもはや止めようがないところまできたところで現れるのが樋口可南子。一発OKだったという奇跡的なラストショットが素晴らしい。フるだけフッて最後はオトさず、軽くいなすんだもんな。それゆえ後味が軽くて、怖いんだけど愛らしいという不思議な感触の映画になった。これ相当好きだな。今ももう一回観たいって思ってるもん。それとねぇ、これ、男って結局女性に母を求めてるってこと言っちゃってるんだな。宣伝文句では「夫婦愛」なんて言ってるけど、この関係性は母と子そのものだもんね。怒られるかもしれないけど、それわかるわぁ。