日々の泡。

popholic diary

エムカク著『明石家さんまヒストリー1 1955~1981 「明石家さんま」の誕生 』を読んで

エムカク著『明石家さんまヒストリー1 1955~1981 「明石家さんま」の誕生 』読了。
水道橋博士主宰の「メルマ旬報」に2013年から連載中の壮大なる歴史ロマン「明石家さんまヒストリー」がついに待望の書籍化。今作はシリーズの第一弾となる。

明石家さんま」。この国に暮らしていて、その名前を知らない人はいないだろう。
40年以上にわたって日本中を笑わせ続けている男。生み出した笑いの総量は、日本芸能史の中でも間違いなくトップクラスに位置する、現在進行形で笑いを日夜生み出し続けている稀代の芸人。この巨星に魅入られ、とり憑かれた男が27年に渡って、テレビ、ラジオでの本人の発言、関係者の発言、雑誌記事や過去の新聞をマイクロフィルムから調べあげてその足跡を克明に記録。「日本一のホラ吹き野郎」ともよばれた芸人から発せられる大いに盛られた話さえも数々の発言を照らし合わせ、裏を採り、その最初の1滴を突き止め、徹底的に事実を炙り出す。
改竄、捏造、歴史修正などとんでもない。全ての言葉を集め、丁寧に濾過し、探り当てた事実だけを一つ一つ積み上げていく--この恐ろしく労力を伴う歴史学者の仕事は今もなお休むことなく続いており、本書はその最初の研究発表となる。

『「明石家さんま」の誕生』との副題の通り、1955年7月1日金曜日(この「金曜日」という部分が実にいい。「7月1日」までなら誰でも書ける。そこから曜日を調べるひと手間の掛け方が本書の肝だと思う)、和歌山県に生まれた杉本高文がどのようにして「明石家さんま」になっていくのかを年代を追いながら描いていくのだが。いやもうこれがめっぽう面白い!
筆者は大袈裟な表現や無理やりに劇的な言葉で「明石家さんま」の歴史を盛りたてることはしないし、事実に基づかない話は一切ない。にもかかわらず、杉本高文少年が「明石家さんま」に変貌を遂げていく道程はとてつもなくドラマチックで、一気に引き込まれる。

プロローグでは師匠・笑福亭松之助との出会い、弟子入りのエピソードが語られる。この歴史書のオープニングを飾るにこれ以上ないエピソードではないか。弟子入り志願の若者の「師匠はセンスありますんで」にガハハと答える松之助師匠。出会いにして二人の波長がピタリと合う瞬間。ワクワクと胸が高鳴る。
だが落語家への道を進もうとする息子に父親は猛反対する。やがて開かれる親族会議。結果、父以外は全員賛成で親戚一同から「高文ちゃんはいけるでぇ」と逆に背中を押されるという鮮やかなオチ。最高っ!

「生きてるだけで丸もうけ」を座右の銘とする男の少年時代は「実母の死」から始まる。
「笑い」と最もかけ離れた場所にいた少年が「笑い」を武器に世界を変えていく歴史ドラマなんて面白いに決まってるじゃないか。
そしてこの「お笑い一代記」に色を添える登場人物たちの何と魅力的なことか。
この祖父にしてこの孫あり--笑いの遺伝子を高文少年に与えた祖父・音一から始まり、笑いに愛された親友・大西康雄、高文が恋をする慶子ちゃん(本書では大幅にカットされているが、彼女との恋物語、これがまたたまらないのだ。外伝的にまとめられたメルマ旬報2020年10月22日配信「明石家さんまヒストリー・高文の恋」は必読!)、そして天敵・乾井先生。
運動会における乾井先生との最終対決、その臨場感たるや!綴られた文章の中から、生命力に満ちあふれ活き活きと青春を謳歌する「杉本高文君」が飛び出してくるようで、もう何回も読み返したくなる。
友情と笑い、甘酸っぱい恋--青春の輝きに満ちた高校時代。杉本高文が過ごした青春時代が、芸人「明石家さんま」の確かな礎となっていることがよくよくわかる。

そしていよいよ入門。ここからもさらに魅力的な人物達が歴史の中に登場してくる。
まずは師匠・笑福亭松之助。「白紙に戻れる~完全に尊敬できる」と言いきれる師匠との出会いは運命であり奇跡である。師匠・松之助の芸人としての、人間としての大きさが伝わってくるエピソードの数々。芸人としての在り方を師匠・松之助の下で学び杉本高文は芸人へと成長していく。
盟友・島田紳助との出会いもまた奇跡的。後にテレビでの人気を二分することになる二人のまだ何者でもない時代。芸人としての一歩を踏み出したばかりの二人が出会い、友情を育み、切磋琢磨する姿が活写される。

「笑福亭さんま」としてスピードデビューを果たし、順調な弟子っ子生活が始まるが、ここで事件は起こる。この『「明石家さんま」の誕生』の中でも最も重要なエピソード、「芸をとるか、愛をとるか」を悩んだ末の「東京へ逃げる」1974年の出来事。「完全に尊敬できる」師匠の下を離れ、「愛」を取った「笑福亭さんま」。普通に考えたらこれですべて終わり。だが運命はそうはさせない。過酷な半年の東京生活を救うのもまた「笑い」であった。やがて愛は終わり、友人たちの 後押しで再び師匠・松之助のもとへ。
この一件における松之助師匠の振る舞いがとにかく最高にかっこいい!この師匠とこの弟子だからこその最高級のエピソード。もはや「明石家さんまヒストリー」はこのエピソードを公の文書として残したと言うだけでも十二分に価値があると言いたくなる。
東京での半年、芸人人生を終わらせるかもしれなかったこの回り道が、あらゆる意味で「“明石家”さんま」を生むことになる。「明石家さんま」が誕生した重要ポイント。そうここテストに出るところ!

そして1976年1月15日23時15分「11PM」(しかしここ23時15分まで要るか?いや 、ここが本書の肝なのです。)で鮮烈なテレビデビューを飾ってから1年と10ヶ月、1977年10月2日17時30分(だから17時30分まで…以下略)「ヤングおー!おー!」のレギュラー出演がスタートし、芸人「明石家さんま」の快進撃が始まる。

ここから先は紳助、巨人や「明石家さんま」の育ての親の一人、桂三枝(現・文枝明石家さんまを鍛え上げ、テレビ・ラジオで生きていく術をすべて伝授し、その道筋をつけていく「明石家さんま」の芸人人生における最重要人物!)、横山やすし林家小染笑福亭鶴瓶関根勤(無名の若手芸人だった明石家さんまうめだ花月の2階席で爆笑しながら見初める同じく無名の関根 勤。後の二人の関係性を思えばこれもまた運命的であり奇跡)、西川のりお(個人的にさんま&のりおのただただ楽しいだけのエピソードが大好き)ら芸人達から小林繁桑田佳祐松田聖子大原麗子などなどのキラ星の如きスター達とのエピソードを交えながら、詳細な活動記録とともにまさに「明石家さんまヒストリー」が記されていく。

とそんな「明石家さんま」のヒストリーを読んでいてふと気付く。ここまでのエピソードを拾い、吟味し、積み上げていく労力がいかにとんでもないものかと。一人の芸人の人生にかける過剰に異常な愛情とその熱量のえげつなさ。だがそこには悲壮感はなく、なんともいえない多幸感が溢れている。ラジオやテレビなどで発せられた言葉を丁寧にそのままの形で配置しつつ、平易な言葉で、むしろ淡々と事実を並べているにもかかわらず、もう行間から溢れだしているのだ。「さんちゃん、かっこいい!」が。調べれば調べるほど、知れば知るほど「明石家さんま」という巨星の大きさを知り、輝きを知る。その人生を知れば知るほど、魅了され、好きになっていく。その喜びがもう行間から溢れていて、読者へもまたその喜びが伝播していくのだ。

明石家さんまヒストリー」の多幸感に浸りつつ、もう一つのヒストリー。筆者である「エムカク」さんのヒストリーに想いを馳せる。
Twitter上に「明石家さんま」に異常に詳しい人物がいると、放送作家にして演芸墓掘り人の異名をとる柳田光司さんや弁護士で俳優の角田龍平さんの間で話題となり、僕もその流れで「エムカク」という不思議な名前のアカウント(@m_kac)をフォローするようになった。さんまさんが出演するテレビなどに合わせて瞬時にどこから拾ってきたんだ!?という画像や関連する過去の発言をTweetするエムカク氏。やがて水道橋博士さんにフックアップされ「メルマ旬報」で連載をスタート。柳田さんや角田さんのポッドキャストに登場、「魅惑の姜尚中Voice(©角田龍平)」で語る明石家さんま話は完全にどうかしていて完全に面白かった!
僕もすっかりエムカクさんの愛情と狂気が入り混じる「明石家さんま」話のファンになった。
2014年1月25日に開催された「メルマ旬報fes」ではサブステージに柳田さん、角田さん、竹内義和先生とともに登壇。そこではじめて動いているエムカクさんを観て、明石家さんまさん題字による「明石家さんまヒストリー」カードを頂いた。
2014年7月1日「明石家さんま59回目の誕生日を勝手に祝う会」、2015年7月1日「明石家さんま60回目の誕生日を勝手に祝う会」にも参加。その徹底したリサーチぶりと過剰で異常な愛情を目の当たりにしてますますファンになっていった。
驚異の連載「明石家さんまヒストリー」は話題を呼び、市井の「明石家さんま」研究家・エムカクさんは「明石家さんま」特番にリサーチャーとして関わるなどアメリカンドリームならぬ「アカシヤンドリーム」を実現させていく。

「好き」という気持ちだけに突き動かされた研究は、エムカクさんの人生をもまた動かしていく。
2020年11月22日22時31分、エムカクさんのアカウントから「人生初のさんまさんとのツーショット写真」というハッシュタグと共に単行本『明石家さんまヒストリー1 1955~1981 「明石家さんま」の誕生』を挟んで並ぶエムカクさんと明石家さんまさんのツーショット写真がTweetされた。

好きという気持ちの尊さ。我を忘れるほどに何かを好きになって熱中することの尊さ。
稀代の芸人「明石家さんま」を綴った「明石家さんまヒストリー」は稀代の明石家さんま好き「エムカク」さんの「ヒストリー」でもあるのだ。

でそんな二人のヒストリー。もちろんこれがゴールではない。
1981年11月21日「オレたちひょうきん族」の「タケちゃんマン」第6話でおたふく風邪で病欠した高田純次に代わり「ブラックデビル」を演じたところまでで「明石家さんまヒストリー1」は終了!
で最終ページにドーンと躍る『明石家さんまヒストリー2 1982~1985 生きてるだけで丸もうけ(仮)」2021年初夏発売予定!の文字。いやいや、次1985年までて!完全にどうかしてるし完全に面白い!

明石家さんまさんと、エムカクさん。二人のヒストリーはまだ始まったばかりなのだ!