日々の泡。

popholic diary

映画のような

映画感想が滞ってるので、自分のツイートから
まずはこれから

今日は夏休み。ということで朝から映画。細田守監督「おおかみこどもの雨と雪」観る。いやー素晴らしい。2時間で描かれる13年の時間経過。その語り口の巧みなこと。そして物語の中で登場人物たちが確かに13年分の成長を遂げるとこにグッときた。

映画「おおかみこども~」。ファンタジーな設定ながら、普遍的な物語。かって子供だった大人も、これから大人になる子供も、子供を育てた人も真っ最中の人も、まだの人も、どこかしら感じるとこがあると思う。

さらに「おおかみこども~」。高木正勝氏による音楽も素晴らしかった!映像同様、細部にまで行き届いた丁寧な音像だった。ラストのアンサリーによる歌も良かったなぁ。

細田守監督「おおかみこどもの雨と雪」。言ってみればありえない設定。だけど、凄く共感する。僕も一応、親で、子育てやってる。で確かにあるんだ子供が「おおかみこども」に感じる時が。映画の2時間の中で13年間が過ぎる。その過ぎていく時間の描き方に、もうなんかジーンときた。今ちょうど娘は15歳で、彼女が生まれてから今日までの15年間、それはまるで映画のようにも感じられる。いや、もちろん子育て経験のない人にわからない映画と言うわけではないよ。どんな大人も自分が子どもだったことあるでしょ。自分が大人になっていく間に過ごした時間。そのことを思い出させるはず。過ぎていった時間、まるで嵐のように過ぎていったその“時間”を愛しく感じる。そんな映画だった。

で次。

8月15日。今日は会社休んで映画観てきた。大林宣彦監督「この空の花 長岡花火物語」。饒舌すぎる台詞、突然のカメラ目線、過剰なテロップ、不自然な動きetcあらゆる映画の文法を無視しながら、映画でしかなし得ない表現で伝えられるメッセージ。凄い映画を見た!

映画「この空の花」。過剰な抒情と実験性。大林映画の集大成のようでいて、デビュー作のような新鮮さと熱量がある。僕ももう子供じゃない。大林監督のこの本気の「伝えたい」を子供たちに繋いでいかなければならない。

ということで先月観た大林宣彦監督の「この空の花 長岡花火物語」。噂以上の作品。とにかく熱量と情報量、その過剰さが凄い。まさに映画に圧倒される。もはや物語すら越えて、意味すらも後から付いてくる。なんだこれは!?と思いながらも引き込まれ、当事者になってしまうのだ。これはもう観てくれとしか言いようがないが、観終わった後、確かに監督からのメッセージが胸に残る。これはバトンである。大林監督が自分が持っている技術や経験、想像力と創造力、さらには映画の歴史全てを使ってメッセージを残そうとしている。戦争と311を体験した監督が全精力を注いで未来に光を残そうとしている。上にも書いてるように、僕はもう子供じゃない。監督から渡されたバトンをしっかり受け取って次に繋いでいかなければならない。ぐっと背筋が伸びる想いだ。「まだ戦争には間に合う」。間にあわさなきゃならない。
この数日後、TBSラジオ「ウィークエンドシャッフル」に登場した大林監督。もう全編金言。「映画にドキュメンタリーと劇映画しかないなんてこんな不自由なことある?」「(一回見たらわかる、2時間で終わるなどは商業映画の)文法なんてもんじゃなく弁法にすぎない」「(戦争も震災も)アートは風化させない」「(この映画はピカソの)“ゲルニカ”でいこう」「正義なんか信じてない、正気を信じる」などなど。宝物のような放送だった。

でもう一本邦画。

今日は映画を一本。吉田大八監督「桐島、部活やめるってよ」観てきた。桐島をめぐる高校生たちの数日をそれぞれの視点から描く「青春映画」。青春時代ってのはちょっとしたことが忘れられない大事件になったりするもんだ。いやぁ高校時代を思い出しちゃっ…て俺、男子校だった

映画「桐島〜」、男子はすべからく単純で、女子は既に複雑で面倒くさく、いろいろ危険である。橋本愛のあの感じとか、危険だわぁ。完全に「イケてない」男だった俺は男子校に逃げ込んだけど、良かったのかどうなのか。ま、共学だったら一人で勝手に傷だらけになってただろうな

映画「桐島~」、神木君はじめ若手俳優陣がみな良かった。彼らの佇まいがもう青春感に溢れてて、その時点でおっちゃんには眩しかった。

映画「桐島~」、神木君演じる映画部の前田が「映画秘宝」読んでたり「鉄男」観に行ってたり。「宝島」で三留さんなんかが書いてた映画紹介ページを端から端まで読んでた頃を思い出した。「ファントムオブパラダイス」とか「レポマン」とか一生懸命観てたなぁ

吉田大八監督「桐島、部活やめるってよ」。複眼視点で描かれる青春映画。いやはや、忘れていた胸のヒリヒリが痛むね。教室の隅で、ウォークマンムーンライダーズ聴きながら「宝島」(A5判)読んでたような男である。ま、最下層ですわな。女子なぁ…(いろいろ思い返してる)。ま、耐えきれずに男子高に行くという敵前逃亡な選択をした自分であった。結局、そのツケを未だに払い続けている。そんなことはどうでもいいか。