日々の泡。

popholic diary

四月の魚

今日から4月か。早いな、もう。地道にコツコツ仕事して今日も一日が終わる。会社出てトボトボ歩いていると、「久しぶりね」と女性が声をかけてきた。トンボみたいなサングラスを外してニコッと微笑んだのは、女優をやっている元カノのEだった。しばらく休んでたんだけど、また仕事を始めたの。今日はたまたまここを通りかかっただけ。ちょうど余りもののお菓子があるから、あなたにあげるわ。そんな憎まれ口を叩いて照れくさそうに紙袋を渡すのだった。「スペインの女(ひと)」という温泉饅頭。サグラダ・ファミリアの前で浴衣美女がほほ笑むパッケージ。相変わらずお土産選びの下手な娘だ。それにちょっと高飛車な態度も彼女らしい。でもいつも強気な風に見せる彼女が、ほんとは寂しがり屋だってことを俺は知っている。別れを切り出したのは俺の方だ。3年ほど前になるだろうか。その頃、俺は少し荒れていた。ま、理由はここには書かないが、毎晩酒を飲んでは乱痴気騒ぎでランバダを躍るような生活だった。一方、彼女は女優業が好調で映画にテレビに大忙し。それでも毎晩俺の帰りを寝ずに待っていた。こんなじゃダメだ。このままじゃ彼女がダメになっちまう。そう思った俺は、ある晩別れを切り出した。彼女は1リットルの涙を流し、そんなのイヤよ、絶対イヤと俺にパッチギをくらわそうとした。なんで?なにがダメなの、私のどこが悪いの?一晩別れる別れないで言い争った。翌朝主演映画の舞台挨拶に行かなきゃいけない彼女は、もういいわ。わかったわよ。そう言って半ばやけくそ気味に、昔俺が冗談でプレゼントしたギャートルズみたいな服を着て出て行った。すっかり自暴自棄になった彼女はその日以来表舞台から姿を消した。いつまでも俺のことを忘れられないでいるらしいと風の噂で聞いた。俺を忘れるには新しい恋が必要なんじゃないか。そんな風に思った俺は、ちょうどその頃、俺の家に出入りしていた半ズボンにひげ面の小男に目を付けた。なんだったか、ハイポー?じゃないかハイパー…そうハイパーホッケーかなんかやってるって言ってたかな。ホンジャマカ的なことなんだろう。割と頭がいい男でね。機械にやたら強くて、機械オンチの俺はいろいろ頼んだな。地デジの配線とかクーラーの取り付けとか。ホントはこんなことしたくなかったんだが、70億ほどの小金を持たせてEに近づくように仕向けたんだ。ま、悪い男じゃなかったしね。そんなことがあって、Eが小男と結婚したという話を聞いた時はちょっとホッとした。今目の前にいる彼女は出会ったころのように爽やかな笑顔をしている。あの時は悪かった。俺がそういうと、えっ?何のことといたずらっ子のような目で俺の目を覗きこむのだった。怒ってないか?そう聞くと彼女はじっと俺の目を見てこういった。「別に」。
それにしても今日は随分、暖かい。しばらく歩いてると携帯が鳴った。オッパ(お兄ちゃん)、私よ、Yよ。ちょっと時間ができたからオッパの声が聞きたくなったのスミダ。電話をくれたのは俺の韓国の妹、Yだった。彼女と会ったのはもう随分前だ。当時、俺はスケートに凝っていた。今はもう年だが、あの頃は6、いや7回転半ぐらい回ってたかな。なんとかいう大会に出てくれなんて話もあったが、昔から勝負事は嫌いでね。自由気ままに世界各国のスケート場を飛びまわっていたもんだ。あれは釜山のスケートリンクだったかな、俺の目の前でかわいい女の子がステンと転んだので、大丈夫かいと起こしてあげた。まだあどけなさの残るその子はカムサ・ハムニダと言ってちょこんとお辞儀してくれた。礼儀正しいかわいい子で、それから度々スケートリンクで出会い、いつのまにかYは俺のことをオッパ、オッパと慕うようになった。そうそう彼女が中学生の時だったかな。いっしょに映画を観にいったっけ。なんとかいう、イギリスのスパイが活躍する映画。0120?0088?まーそんなタイトルだった。オッパ、この映画のテーマ曲、とっても気にいったわ、いつかこの曲で滑りたいわースミダなんつって彼女はキラキラ瞳を輝かせてたっけ。そうだね、ラストはさ、こうバーンなんて銃を撃つ格好したら素敵なんじゃない?なんて俺もテキトーなことを言ったりして。そんな風にYは俺にとって本当の妹みたいな存在でね。逢ったらいつも冗談ばかり。Yはどんな辛い時でも決してそんな姿を見せない。ほんとに健気ないい子なんだよ。でもそんなYがちょっと元気がないんだ、なんとかいう大会?なにピックだったっけ。7輪だか6輪だかいうやつがあって、ナーバスになってるという噂を聞いて、電話したのは1ヶ月ほど前だったかな。Y、元気にしてる?いつもの調子で俺が電話すると、あーオッパね。私はいつも元気よ。そういう彼女の声がいつもより元気がないことが俺にはすぐにわかった。それでもいつものようにあそこのキムチが美味いとか、ビビンパの新しい食べ方とかたわいない話をして笑いあった。でもふと会話が途切れた時、Yは言った。オッパ、私怖いの。プレッシャーに押しつぶされそうよ。何?怖い?どうして?オッパがいるだろう。プレッシャー?それ美味いのかい?いつだってオッパはYの味方だよ。金メダル?気にするなよ。Yが楽しく滑ってくれたら、オッパはそれだけで嬉しいんだよ。そんな風に答えると、Yは笑って、そうね、楽しくなきゃね。楽しくなければテレビじゃない。なんつってスミダ。といつもの調子に戻った。ねぇオッパ、いっしょに観た映画覚えてる?あの時の曲で滑るのよ。絶対見ててね。そういって電話を切った。それから後のことは皆さんのほうが詳しいかな。オッパ、観ててくれた?私楽しく滑れたわ。オッパのお陰よ。なんてその後の電話でも嬉しいことを言ってくれる。でも参ったよ。その電話のちょっと前に、日本のかわいい妹Mから電話があってさ。電話口で涙こらえてるのがわかるんだよね。相当悔しかったみたいでさ。だからつい言っちゃったの。Y、おめでとう。でも次の大会は2位でいいんじゃない?1位の次に2位ってのが逆におしゃれだよ。なんつってね。Yも、それいいわね、シャレオツねぇなんて笑ってさ。ホントにかわいい妹が二人もいると困っちゃうよ。あっ、そうそうもう一人電話をかけてきたのがいた。いきなり電話口で泣いてんの。靴ひもがきれちゃったよーって。ホント、ノブは泣き虫だからね。
(注)エイプリルフールということで今日の日記にはちょっとだけウソを混ぜてみました。どこがウソか、わかりにくいかなぁ(笑)