日々の泡。

popholic diary

2022年に観た映画の話。

ということで2022年マイベスト映画は

 

①スープとイデオロギー

②ある男

リコリス・ピザ

④こちらあみ子

スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム

⑥ちょっと思い出しただけ

⑦神は見返りを求める

⑧C'MON C'MON

⑨スペンサー ダイアナの決意

⑩メタモルフォーゼの縁側

 

ということでこのようになりました。映画は社会を映す鏡であり、同時に人間の心を描く。社会と人間。1位に選んだ「スープとイデオロギー」は観終わった今もずっと心に残り続けていて、日に日に大きくなっている。日々のニュースやSNSを観ると、社会はもうどうしようもないぐらいにイデオロギーで分断され、対立がそこかしこに生まれている。でも、それでも、僕たちにはまだスープを共に味わう気持ちが残っているはずだと人間を捨てきれないでいる。そうあってほしいし、そうありたい。そんな2022年の自分の想いがこの映画を1位に選ばせた。

でそれぞれの映画について。このブログ内に書いた観た時の感想を抜粋しつつご紹介

 

ヤン・ヨンヒ監督「スープとイデオロギー

自身のオモニ(母親)を被写体に彼女の人生を娘である監督が知っていく。帰国事業で息子を北朝鮮に帰したオモニ。借金してまで北朝鮮に暮らす息子たちに仕送りし、自身も何度も北朝鮮に足を運んできた。娘である監督は、なぜオモニがそこまで北に肩入れするのかわからない。相容れないイデオロギーがそこにはある。だがある日オモニは自身が体験した「済州4.3事件」についてぽつりぽつりと話し出す。韓国軍によるアカ狩り、一般人を巻き込んだ大虐殺事件。オモニが目にした壮絶かつ凄惨な事件現場。監督はオモニ、夫とともに済州島に向かう。そこには数えきれないほどの事件の犠牲者たちのお墓が立ち並ぶ。映画を見ている僕までも息をのんだ。決して韓国軍を許すことなく北に肩入れしていったオモニの「訳」がそこにはあったのだ。イデオロギーの分断が、罪のない人々、個人個人の人生を踏みにじり、歪めていく。オモニは最晩年までその体験を胸の奥に隠し懸命に生きてきたのだ。監督の夫であるライターの荒井カオル氏がオモニのところに挨拶にやってきた際に振舞われるのは大量のニンニクを詰めた鶏をじっくり煮込んだスープ。イデオロギーの違いはあれど、人と人は温かで美味しいスープの前で繋がりあえる。その絶品のスープに彼女の人生が、彼女の願いが浮かび上がるようだ。

②石川慶監督「ある男」

実家の文房具店で働くシングルマザーの里枝。何となく訳アリ風だが優しい大祐と出会い再婚。幸せな暮らしを送っていたがある日不慮の事故で夫・大祐が亡くなる。悲しみの中、長年疎遠になっていたという大祐の兄が法要に現れる。仏壇に手を合わせるもそこにある遺影にうつる「大祐」を観て「これ、大祐じゃないです」と告げる。夫・大祐はいったい誰だったのか。里枝に依頼され弁護士・城戸は「大祐」として生きた「ある男」の過去を探り始める。極上のミステリーの中に仕込まれた数々のメタファー。自分という存在は何によって定義されるのか。名前?国籍?血筋?自分ではいかんともしがたい出自によってカテゴライズされ、人としての価値を値踏みされる。日常に潜むヘイトによって魂を傷つけられる人々。繰り返される差別や偏見の中で、名前を捨て、戸籍を捨て、カテゴライズされない「自分」として生きたいと思うことは罪なのか。まさに現代という社会を映す大傑作!脚本、演出、撮影、編集、どれをとっても一級品。計算されつくしたラストショットの鮮烈さ。妻夫木聡安藤サクラといった役者陣も皆ベストの演技だったが、窪田正孝が実に素晴らしかった。「ある男」という作品そのものの本質を体現するような演技。強烈なインパクトを残す柄本明の怪演も忘れがたい。最新にして最高峰の邦画を観た。素晴らしい作品だった。

ポール・トーマス・アンダーソン監督「リコリス・ピザ」

舞台は70年代のアメリカ。子役として活躍する高校生のゲイリー。ある日偶然出会ったカメラマンアシスタントのアラナに一目ぼれ。やがて二人は姉弟のような、あるいは友達以上恋人未満な関係に。近づいたり離れたりしながら二人が過ごした時間が、懐かしいアルバムをめくるように描かれる。駆け抜ける青春の走馬灯。甘く切なくバカげていて、ノスタルジックで瑞々しくて…最高だった!好きだなぁ、こういうの。

④森井勇佑監督「こちらあみ子」

小学生の女の子、あみ子。彼女が見ている世界は、周りの人たちと少し違う。彼女の世界で彼女の方程式に乗っ取ってとられる彼女の行動は、家族も含めた周りの人たちの理解の外にある。ある行動が引き金になりやがて家族は崩壊していく。観ている間中、心のヒリヒリが止まらないハードボイルドな映画だった。あみ子は誰にも理解されない世界に一人生きる。やるせなく果てしない孤独な世界。言葉にしがたい感情が胸の奥に沸き立つ。あみ子を演じる大沢一菜の面構えが素晴らしい。世界の果てを射抜くような眼差し。観終わった後も心が映画から離れていかない傑作だった。

ジョン・ワッツ監督「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」

いやー素晴らしかった。旧作観といてよかった。特に直前に観た「アメイジングスパイダーマン」2作が効いた。とあるシーンで涙溢れた。まさにすべてのスパイダーマンを、倒された悪役たちを抱きしめる素晴らしい結末。大いなる力は大いなる責任を伴う。これはあらゆる力を持つ人に心に刻んで欲しい。腕力を持つ人も、財力を持つ人も、もちろん権力を持つ人も。その力を自分の欲望や怒りに使うとどうなってしまうのか。それが今の世界だ。ヒーロー映画の悪役みたいな人たちが自分の欲望の為に力を行使する。悪役たちに自分を重ね、現実から目を逸らす人たち。悪役に媚びへつらい、その汚れた力の恩恵にあずかろうとする人たち。そっちに転ぶのか、それともそれを拒むのか。現実の世界にはヒーローはいない。だからこそ僕たち一人一人がヒーローにならなければいけない。と思わず熱くなってしまう。映画はいつも現実を映す鏡だ。

⑥松居大悟監督「ちょっと思い出しただけ」

照明スタッフの照生と、タクシードライバーの葉。別れてしまった二人が過ごした時間をある一日を1年ごとにまき戻して見せていく。まさに「ちょっと思い出しただけ」。ふと思い出す、なんてことの無い一日のかけがいのなさ。こりゃずるいよ。というぐらいにグッとくる。あと20歳若かったら、まるで自分のことのように切なく胸を締め付けられただろう。今は笑ったり泣いたりする二人が微笑ましく、とても眩しく感じられて、鈴木慶一が演じたタクシードライバーのように目を細めて観てしまう。実ることはなかったとしてもその時間が、その過ぎ去りし日々がどれだけ美しいものか。ヒロインらしからぬヒロイン、伊藤沙莉がとにかくチャーミングで素晴らしかった。誰もがこの映画に生きる彼女に恋してしまうだろう。

⑦𠮷田恵輔監督「神は見返りを求める」

底辺YouTuberゆりちゃんと出会った田母神は彼女の動画制作を手伝うことに。まるで神のように見返りを求めることなく献身的に支える田母神。限りなくダサくてイタい二人だが、だからこそ生み出される連帯感と多幸感。しかしゆりちゃんが人気YouTuberと知り合い一気に人気者になったことから話は一転。二人の関係はこじれにこじれ…という面白怖い大傑作!ゆりちゃんと田母神、前半のほっこり楽しいシーンから一気に豹変。一触即発のヒリヒリ感とイヤな方、イヤな方へ向かっていく地獄展開。もうやめてと言いたくなるような凄まじさ。妬み嫉みが煮詰まり爆発、そして行きついた先に訪れる一瞬の光からの…。しかし𠮷田監督、なんちゅー話を考えつくんだ。ポップ×毒気で現代社会があぶりだされていた。まるでジョーカーのようなムロツヨシ、天使と悪魔が共存する岸井ゆきの、主演二人が素晴らしい。表の顔と裏の顔、芸のある二人だからこそここまで出来たという感じ。あと一番のクソ野郎を軽ーく演じた若葉竜也も巧い。いやこれめちゃくちゃ面白い。多くの人に観てもらいたいなー

マイク・ミルズ監督「C'MON C'MON」

子供たちへインタビューをして番組を作っているラジオジャーナリストのジョニー。妹が家を留守にする間、9歳の甥・ジェシーを預かることに。ジョニーとジェシー、ちょっと風変わりな二人が戸惑いながらも、少しづつ距離を縮めていく。わかりあえないということをわかっている状態から、二人はゆっくりと「話す」と「聞く」を繰り返し、お互いを知り、特別な関係を築いていく。柔らかなモノクロの映像、子供たちの生の声。ジェシーがマイクに向かって語り掛ける「C'MON C'MON」という声に、涙が溢れた。分断、対立、ののしり合い、やがては殺し合う大人たち。子供たちの声に耳を傾ければ、そんな自分たちの姿を恥ずかしく思うだろう。素晴らしい映画だった。主演は「ジョーカー」を演じたホアキン・フェニックス。まるで彼のセラピーのような作品。あと「ドライブ・マイ・カー」にも通じるように思った。その先を描いているというか。わかりあえないことをわかった後に、それでも寄り添うことはできるのだというような。

パブロ・ラライン監督「スペンサー ダイアナの決意」

舞台は1991年のクリスマス。英国ロイヤルファミリーの人々はクリスマスをはさむ3日間、女王の私邸サンドリンガム・ハウスで過ごさなければならない。その3日間はプリンセス・ダイアナにとっては地獄のような3日間なのだ。夫のチャールズとの仲は冷え切り、常にパパラッチから付け狙われ、ロイヤルファミリーからも蔑まわれ、王室のしきたりにがんじがらめに。映画はギリギリと締め付けられるような3日間のプリンセス・ダイアナを描く。観ているこっちの胃までも痛くなるよう。ほっと心安らぐのは子供たちと過ごす時間と友人である衣装係のマギーの前だけ。苦しみ、葛藤しながらも、その3日間でダイアナは決意する。真珠のネックレスを引きちぎり、一人の人間として、母として強く生きていく決意を。そう、ダイアナ、あなたはちっとも悪くない。美しく、気高く、正直。素晴らしき映画だった。ダイアナを演じるクリステン・スチュワートがとにかく絶品。繊細な心の動き、揺れながらやがて強い意志を持って抗う姿を見事に演じていた。素晴らしかった。

⑩狩山俊輔監督「メタモルフォーゼの縁側」

75歳の雪はある日、本屋で偶然手にしたBL漫画に心を奪われる。本屋でバイトする女子高生うららは密かにBLを愛好。BL漫画という共通項で二人は出会い、58歳の年の差を超えやがて友達になっていく…好きなものを好きということの大切さ。二人がわちゃわちゃとBL漫画で盛り上がるシーンの多幸感。そしてうららと雪はBL漫画を作ってコミケで販売することに。うららは漫画家を目指しているわけでもないし、その絵はお世辞にも上手といえない稚拙なものだ。それでも、自分の好きを形にしたいという想いで一歩を踏み出そうとする。結局うまくいかなくて、悔しくて、雪さんの作ったカツサンドを食べながら涙するうららの姿が愛おしい。小さな子供が転んで泣いて強くなっていくように、その涙が彼女を強くする。その一歩はうまくはいかなかったとしても、確かに意味があるものだ。何かを好きになって、夢中になる。世界はひどく憂鬱だけど、その好きが自分を支えてくれる。世界を変えることはできないとしても、ほんのちょっと光を与えてくれる。ささやかなその光が生きる喜びになる。好きが扉を開き、ほんの少し世界が違って見えるのだ。心優しき映画だった。宮本信子はもちろん芦田愛菜が素晴らしくずっと見ていたかった。

てな感じで10本を選びましたが、映画の好みも人それぞれ。でももしこの文章を読んで気になった作品があったらぜひ一度見てほしい。映画って面白いなーなんて感じてもらえたら嬉しい。で、それ以外にもたくさんのいい映画と出会った。

例えば

川和田恵真監督「マイスモールランド」
リュ・スンワン監督「モガディシュ 脱出までの14日間」
アンソニー・ファビアン監督「ミセス・ハリス、パリへ行く」
シアン・ヘダー監督「Coda あいのうた」
片山慎三監督「さがす」
 S.S.ラージャマウリ監督「RRR」
沖田修一監督「さかなのこ」
小林啓一監督「恋は光」
吉野耕平監督「ハケンアニメ!」
三宅唱「ケイコ 目を澄ませて」

2022年は邦画が豊作だった印象。面白い映画がしっかり生まれ育っていて嬉しい。

イヤー映画って本当にいいもんですねぇ