日々の泡。

popholic diary

2021年5月22日~28日の話。

土曜。朝から散歩がてら大津アレックスシネマへ。

ロリアン・ゼレール監督「ファーザー」を観た。認知症の父と介護する娘。記憶が薄れ、揺らぎ、現実が歪んでいく父の視点で描かれる。一体何が本当なのか。場所や時間、記憶が瞬間瞬間で書き換えられていく中で疑心暗鬼になり、何もかもが信じられなくなる。なるほどそういうことかと思う。とても穏やかだった人が、歳をとり認知症の症状が出る中で周りの人を激しく傷つけることがある。自分もそのような場面に出くわしたことが幾度となくある。認知が壊れゆく恐怖と孤独。映画は観る者にその体験させる。消えていく記憶、不安の中に飲み込まれていく毎日。その仮想体験はあまりに強烈で、こんなにも孤独で心細くなるものなのかと恐怖すら感じた。胸が潰れるような想い。今まで介護する側の視点でしか見ていなかったが目から鱗というか、自分にとっても貴重な体験になった。観るべき映画。

30分のインターバルを経て、もう一本。

堀貴秀監督「JUNK HEAD」観た。噂に違わぬ狂気の映像。脳内に広がる壮大な宇宙がストップモーションアニメで描かれる。スゲーもんを観た!という映画体験。しかし人口生命体<マリガン>の何とも言えないぬめっとした生々しさ、その×××感にゾワっとする。「愛のコリーダ」観た後だから余計に。

家に帰って水道橋博士さんのイベント「アサヤンVol.7 怪人・寺門ジモン一代記」視聴。浅草キッド著「お笑い男の星座2」において「自称最強!寺門ジモン」として描かれ、当時まだ一般的には「ダチョウ倶楽部」の顔の濃いうるさい男ぐらいの認識でノーマークだったその人物が、とてつもないポテンシャルを持った真の変わり者、奇人中の奇人であることが白昼の下にさらされた。以降、解禁された奇人ぶりはTVなどを通じて広く知られることになるのだが、それでもまだまだ足りない。そんなもんじゃないと、寺門ジモンの奇人・狂人ぶりを定点観測し続ける博士さんが数々のエピソードを本人にあたっていく。「藝人春秋」の中でも白眉にして眉唾ものの話を、事も無げに肯定していく寺門ジモン氏。「9歳まで鉄棒に足の指でぶら下がることが出来た」などなどの信じがたいエピソードのオンパレード。しかしなぜか謎の説得力で「この話は真実なのだ!」と最終的には軍門ならぬ寺門に下らざる得ない。そしてサブストーリーとして語られるのは「お笑いウルトラクイズ」をはじめとした昭和バラエティ史。ダチョウ倶楽部たけし軍団としてその現場を実体験してきた帰還兵である二人に加え、指揮官あるいは衛生兵として現場の二人を見ていた高須Dによる昭和バラエティ戦史。伝説の「お笑いウルトラクイズ/バス吊り下げアップダウンクイズ」映像は当時リアルタイムでも観ていたが、改めてそのとんでもない映像に殴られる。オープニングタイトル、「男達のメロディー」に重なる寺門ジモン映像の数々。ライブを観終わり最後にもう一度見ると違った印象になる。激しい波の中を沈みゆくバス、そこに集う男たちの姿に重なる「運が悪けりゃ死ぬだけさ~」のフレーズが全ての伏線を回収。なぜか感動している自分がいた。


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日曜。いつものごとく妻と買い物。昼はこの前作って冷凍しておいたミートソースでパスタ。期せずして「マルコポロリ」では「ダチョウ倶楽部」の特集。博士さんに次ぐ寺門ジモンウォッチャー、東野幸治が時に空回る寺門ジモンをニヤニヤしながら転がす。おもしろい。

アマプラでファン・ジョンミン兄貴と少女時代のユナ主演の韓国ドラマ「HUSH」、とりあえず第一話を。ドラマまで見始めてしまうといよいよ時間が足りないと思いつつ。

「大豆田とわ子~」。出たよ、オダギリジョー!いかにもオダギリジョーと思わせてのあのキャラクター。おもしろいな

西森路代+ハン・トンヒョン「韓国映画・ドラマわたしたちのおしゃべりの記録 2014~2020」読了。「パラサイト」「はちどり」「82年生まれキム・ジヨン」といったここ数年の韓国映画やドラマを肴に繰り広げられる二人のおしゃべり。国の成熟とともに「大きな物語」から「小さな物語」を描きはじめた韓国、そしてその逆を行く日本。「パラサイト」「キム・ジヨン」の評価については、自分には欠けていた視点で、それは中年男性である自分自身が持つ無自覚な加害性に通じるものなのかと思ったり。おしゃべりをしながら、自分の考えや見方が修正や補完され整理されていく。二人のおしゃべりによってぼんやりと感じていたことが整理され、自分の中に入ってくるという感覚。とても気づきの多い一冊。そしてまた韓国映画が好きになる。

水道橋博士さんのイベント「アサヤンvol.8 近田春夫の電撃的東京」も視聴。近田春夫という人物を認識したのはジューシーフルーツ「ジョニーはご機嫌ななめ」が最初。小学4年の時、ラジオで聞いて一発で好きになった曲。小4の頃には自分のポケットラジオを常に持ち歩いているようなラジオっ子だったから。そしてザ・ぼんち「恋のぼんちシート」。でそれから数年、中学生になって本格的に音楽を聴き始めてからはムーンライダーズにはまり、PINKやパール兄弟といった近田さんに近い位置にいたミュージシャンの音楽も熱心に聴いていたものの、近田さんの作品に触れることはなかった。で高校生の時にプレジデントBPM。今も「LIVE JACK」というテレビ番組にタイニーパンクス(藤原ヒロシ高木完)なんかと一緒に出た時のビデオは持っている。細野さんを迎えた「COME★BACK」とかね。大学時代にはビブラトーンズに遡ったり、小西康陽さん曲目当てだったけどキョンキョンの「KOIZUMI IN THE HOUSE」なんかもよく聞いたな。でここ数年は杉作J太郎さんの番組でよくかかるので、改めて初期作をSpotifyで聴いて今更ながらはまっている。でライブは「近田春夫自伝・調子悪くてあたりまえ」をテキストに近田さんの歴史に博士が切り込んでいく。内田裕也に見いだされ歩みだす音楽道。「理屈抜きで理屈好き」な上に、圧倒的なセンスと演奏力、そして抜群の音楽的嗅覚で様々なスタイルをものにしていくまさに天才。音楽家としてだけでなくタレントとして芸能界をかぶりつきの舞台袖からも観察。「はっぴぃえんど」を源流として語られることが多い「日本ロック史」だが、ここには今まであまり語られてこなかったもう一つの日本ロック史がある。それは近田春夫が歩いてきた道のり、存在そのもののことである!観察眼と実体験で語られる近田春夫史こそが日本ロック史なのだ!いや、面白かった!

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 しかし週一ペースで開催されているこのイベント「アサヤン」を視聴し感じることは、歴史を知り、学ぶことの大切さだ。それが例え寺門ジモン氏の眉唾エピソードだとしても徹底的に本人や関係者にあたり、発言を引き出し、裏をとり、事実を浮かびあがらせ、そして真実を見抜く力を養う。これは「卑怯者にならない為のレッスン」だと思う。事実、真実をないがしろにし歴史を踏みにじり、意図的に歪めた果てには何がある。言葉を軽んじ、そのくせでかい声を上げてウソをまくしたてる。例えばあのクソみたいなリコール運動。そこに集った人たち。罪の擦り付け合いに責任逃れ。卑怯者の振る舞いそのものではないか。卑怯者にならない為に何をすべきか。「アサヤン」はその一つの答えなんだと思う。それをエンタメとして圧倒的な濃度とペースでやりきる。笑いながら、その凄まじいまでの執念と信念に畏怖の念すら抱く。本当に凄いことだと思う。

で今週聴いた音楽

  • 「ミッドナイト・ピアニスト」近田春夫&ビブラトーンズ
  • 「バイブラ・ロック」近田春夫&ビブラトーンズ
  • 「電撃的東京」近田春夫&ハルヲフォン
  • 「Drink!」ジューシー・フルーツ
  • 「六本木島」パール兄弟
  • 「KOIZUMI IN THE HOUSE」小泉今日子
  • 「Lyrical 2」Sweden Laundry
  • 「Across The Great Divede」天野なつ
  • 「ゆめ」Lamp
  • 「Tanks and Children Vol​​​​​.​​​​​14」直枝政広
  • 「ミーティン」大なり><小なり
  • 「White」大橋トリオ
  • 「In Dreams」猪野秀史
  • 「The Things That I Love」Motte
  • 「Love Buds」さとうもか
  • 「THE OTHER SIDE OF THE MOON」GWSN

あとここ数週間聴き続けているというか動画見続けているんがOH MY GIRL「Dun Dun Dance」。いや、もう最高。際限なく見ちゃうので一日5回までと決めている。OH MY GIRLは2015年デビューの中堅グループ。普通なら勢いのある新人グループに追いやられ、そろそろ魔の7年目も見え始め徐々にフェードアウトなんてことが多い時期だが、ここにきてヒット連発で存在感も増しというか、もうノリにノッテいる状態。こうなったら強い。ステージに自信が溢れていて見てて単純に元気出る。


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